Intld.Ⅲ-ⅱ
「――にしても、今回の遠征はずいぶんと収穫が多かったのですね」
片手に芳醇な華の香りを漂わせる紅茶を右手に、そしてレイチェルが一晩かけて作った分厚い遠征報告書を左手に、ユーラリアはどこかうんざりとしたような声で呟いた。
「これは後でゆっくり読ませてもらうから、掻い摘んで説明してちょうだい。レイチェル、ザロアスタ卿」
ユーラリアは対面の席に座する二人に微笑みながらそう言った。レイチェルは苦笑を漏らしながらも頷くと、一枚の地図を取り出して卓の上に広げる。そこには、このミストラス大陸が描き出されている。
レイチェルはその白い指で大陸の北方、聖教国大神殿を示す赤い印を指さした。
「まず我々は、猊下のご命令通り聖典教義官と合同でレブランク王国における内戦の平定に向かいました」
そう言って、レイチェルはその指をつうっと紙の上で走らせ、大陸の西端にある青い印を指さす。
「レブランクは、王都マルボルジェを中心に身分制打倒を目指す市民たちと、空の玉座を求める地方貴族、そしてレブランク王国に属国として扱われてきた近隣国家の軍隊が入り乱れて、混迷を極めていました」
「——被害の程はどれほどだったのかしら」
「マルボルジェに居を構える王族、貴族は暴走した市民たちの手により、女子供に至るまで徹底的に虐待された上で晒され、皆殺しに。王都の広場はひどい有様でした……貴女様にはお聞かせさせられないほどに」
レイチェルは沈鬱な表情を浮かべながらそう言った。報告のためにその光景を思い出しただけでも、胸が苦しくなるようで、レイチェルは言葉に詰まる。
そんな彼女を見かねて、ザロアスタが言葉を引き継ぐ。
「市民にも大きな被害が出ていましたな。聞いたところによれば、エリオス・カルヴェリウスの襲撃により、王都の住人の約半数が火災やそれに伴う建物の崩落で命を落としたと——内戦による死者も勘案すれば、今生き残っているのはかつての四分の一もいますまい」
「それは……痛ましいことです」
ザロアスタの報告に目を伏せるユーラリア。
レブランク王国はもはや人口、経済、軍備などあらゆる面において、かつての栄光の片鱗すら留めていない。秩序は崩壊し、他国への優位性も崩れ去った。
間違いなく、大陸の覇者たるレブランク王国は滅び去ったのだ。
ユーラリアは、かつてレブランクの王都から取り寄せたティーセットに目をやりながら、小さくため息をついた。
「ですが、猊下の御威光により無事内乱は収まりました」
レイチェルは咳払いをしてからそう言った。
ユーラリア——最高巫司たる彼女の威光を象徴する紫紺の勅令旗。あれがあったからこそ、レイチェルたちは100名にも満たない手勢で、王都における争乱を鎮圧できたのだ。
この世界における神とは絶対的正義であり、その代弁者たる最高巫司もまた同じ。その勅命を奉じている証である勅令旗を持つ彼女たちに剣を向け、反抗するということは自らを「悪」と定め、それを内外に宣言することに他ならない。
「彼らはあくまで自分たちを『正義』と位置付けて戦っていました。市民軍は自分たちを守れない愚かな統治者からの解放という善を掲げて。地方貴族たちは、王国の秩序を取り戻し国を立て直すという大義を謳い上げて。隣国の連合は自分たちの国を取り戻すという大願を背にして——だからこそ、彼らは貴女には逆らえない」
「——最高巫司に逆らえば、どんなにご立派な正義を掲げても『悪』としてその性質を上書きされてしまう。そうなれば、静観を決め込んでいる勢力が敵に回る可能性すらありますからね。何より、私たちを敵に回してしまう。ふふ、本当に貴女も腹芸が上手になったものよね、レイチェル」
そう言ってユーラリアは悪戯っぽい瞳をレイチェルに向ける。レイチェルは小さく咳払いするとユーラリアの方に向き直る。
「——報告を続けます。まずは、レブランクへの遠征での収穫について」
せっかくエピソード4も終わったことですし、今度の土日で溜まっていた感想への返信をさせて頂こうかと……




