Ep.4-76
「あのぉ、機嫌直してほしいんですけどぉ、ご主人様?」
「あ?」
「うわあ……怖ぁい」
エリオスは夕日差し込む自身の書斎で、応接用のテーブルを挟んで不機嫌そうに唇を尖らせるアリアと対面していた。何とか彼女と会話を試みようとするエリオスだが、アリアは一向に視線を合わせようとしてくれない。
そんな彼女にエリオスは深々とため息を吐きながら肩を落とす。
「いや、ホントに悪かったって——相談しなかったのは謝るから……ね?」
両手を合わせて頭を下げるエリオス。そんな彼を見下ろしながら、アリアは小さく舌打ちをしてから息を吐く。
「いいわよ——顔を上げなさい」
「ふぅ、良かっ——ふぁ?」
エリオスが頭を上げると、彼の視界に飛び込んできたのはハイヒールのつま先をその手に掴んで、腕をしならせるアリアの姿だった。
次の瞬間、彼女はそのハイヒールを思いっきりエリオスの頬にぶち込んだ。
「ふぎゃ——!?」
頬にめり込んだヒールの痛みに悶えるエリオスを見ながら、アリアはハイヒールを履き直してテーブルの上のマグカップに手を伸ばす。
「はい。これで清算ね」
「ちょっと!? ひどくない!? よりにもよってヒールの部分でぶん殴るコトないでしょ! せめて平手とかであってよ! ボクじゃなかったら頬骨陥没してるからね?」
「アンタだからやったのよ——茶番は終わりよ、弁解のお時間」
「この痛みは茶番じゃないんだけどぉ……」
エリオスはアリアに殴られた頬を摩りながら、ソファの背もたれにどっかりと身をもたれさせる。そして、アリアのどこかスッキリした顔を見て「ま、いっか」と苦笑を漏らした。
「——質問は、『何故私が聖教会に力を貸すことを決めたか』ってことだよね」
「そうよ。よりにもよって、私の大嫌いな連中を崇めるアイツらに——」
自分で言っていて再び怒りが再燃したのか、アリアの視線が鋭くなる。エリオスは「たはは」と誤魔化すような笑い声を上げながら、一瞬視線を逸らすと、改めて真面目な顔で話し始める。
「理由はいくつかあるけどね。一つは『聖剣を持つ魔王』という存在の特異性だ」
「何故聖剣は『神の敵対者』である魔王を所有者と選んだのか——ってコト?」
「それも興味深いけどね。もっと気になるのは、そもそも何故魔王は聖剣を持つことが出来るのか」
エリオスは自分の手を夕日にかざしながら、目を細める。細くしなやかで白い指、それを握りしめてエリオスは呟くように言う。
「聖剣は私に触れられるコトに拒否反応を示す。そしてレブランクから頂いてきたアレも、私は持つことすら叶わない——今のままでは門を開くことだって難しい」
「その難題を解決するヒントが、魔王にあると?」
「そういうこと。だから、私は彼らと共に魔王を殺す。そしてその亡骸で先へと進む——神のためでも、人間のためでもなく。ただ私と君のために」
そう言ってエリオスは唇の端を吊り上げた。




