Ep.4-74
「――入りますよ、エリシア」
乾いたノックが鳴り響くのと同時に、レイチェルとザロアスタが部屋に入って来る。二人と視線が合った瞬間にシャールはバッと立ち上がり、腰を折る。
「あ、えと……失礼します!」
「あ、いや……待ちたまえシャール嬢。貴女には話が――」
慌てて立ち去ろうとするシャールをレイチェルは呼び止める。しかし、何と言うべきかが分からず、きまり悪そうに言葉に詰まり視線をうろちょろと彷徨わせている。
「――魔王討伐の従軍の件についてはボクの方から話しちゃったよ」
しどろもどろなレイチェルに向けて、あっけらかんとした声でエリシアはそう言った。
「な、え? は——?」
そんな彼女にレイチェルは絶句する。混乱、怒り、動揺という激しい感情を一つの顔の中で渦巻かせ、口をパクパクとさせている。
それでもなんとか口をついて出そうになる言葉を押さえ込んで、咳払いを一つ。
「——それで、シャール嬢は同意してくれたのか?」
「さて、どうなんだろうね」
悪戯っぽい視線をシャールに投げながら、エリシアははぐらかすように応える。
そんな彼女の言葉に、レイチェルはシャールに視線を向け、その場に跪いた。
「改めてお願いしたい。神々の祝福を受けたこの世界を守るため、魔王の討伐に貴女も加わっては貰えないだろうか——どの口でと謗られても申し開きようはないが、どうか……」
レイチェルに続いてザロアスタもその場に跪く。
「我が蛮行、伏して詫びる。我が身、我が命、我が魂はどうなろうとも構わない。喜んで差し出そう。だが、どうか、どうか! ——貴殿の力を貸して欲しい」
聖騎士二人に跪かれ、シャールは困惑する。こう言う時はどう応えたらいいのか。言葉が出て来ない。
それでも答えは決まっていて——
「私は、すごく弱くて……知識も力も立場もない。それでも、アメルタートが私を選んでくれたから……自分の命が誰かのために使えるのなら……私は、私に出来ることをやり尽くしたい——です」
辿々しい言葉。しかしその一音一音、一言一句には熱と力がこもっていた。自分の命の価値を認識できた喜びを感じながら、シャールは言葉を紡いだ。
そんな彼女を、レイチェルはどこか驚いたような、哀しげな表情で見つめていた。
「でも、一つだけ条件を出しても良いですか?」
シャールの言葉に、レイチェルたちはぴくりと眉を動かす。自分でも、平民風情が聖騎士相手に交換条件を突きつけるなんて、傲岸にもほどがあると思っている。
それでも、これは必要なことだと思うから。シャールは足の震えを隠しながら、引き攣りそうな表情の上から強気な仮面を貼りつけて、己の望みを口にする。
「——いつか私はあの人に、エリオス・カルヴェリウスに一矢報いたいと——彼を倒したいと思っています。でも、私は弱いから……だから、その時が来たら貴方たちも私に力を貸して欲しいのです」
シャールはそう言って、頭を下げて腰を折る。
そんな彼女の姿を見て、不思議そうな表情を浮かべる三人。
「あ、れ? やっぱり、不躾でしたか?」
「——い、いや……しかし、なんだ……えっと」
レイチェルはまたしどろもどろになりながら、ベッドの上のエリシアに視線を投げる。エリシアはこれ見よがしに深々とため息をついてから、シャールに向き直る。
「いやね、ボクら君とエリオスくんが仲間だと思ってたから……一体君たちどう言う関係なんだろうって」
「あ——」
シャールは自分の言葉が前提を欠いていたことに今更気づいて、顔を赤くする。締まらない、情けない。うまくいかないと、頭を抱える彼女をエリシアは楽しそうに眺めて、そして口を開く。
「さっきはボクの話ばっかりしたからね。今度はさ、ボクらに君の話を聞かせてよ。シャールちゃん」
そんなエリシアの言葉に、シャールは顔を赤らめたまま話し始める。ルカントたちとの旅路、エリオスとの邂逅から始まるこれまでの物語を。




