Ep.4-71
赤く輝いた聖剣——まあ今更その名をもったいぶって伏せるまでもない。ヴァイストは怖いくらいにボクの手に馴染んだ。
ザロアスタ卿は聖剣の光を前に動揺してその場に立ち尽くしていた。まあ当然だよね。歴史上主人を選んだことがないという触れ込みの聖剣が、よりにもよって宝物庫に忍び込んだ不逞の盗賊を選んだなんて、受け入れ難いコトだったろうからね。
もしかしたらヴァイストが主人を選んだという歴史的な瞬間に立ち会ったことへの感動もあったのかもね。そんな複雑な表情のまま固まっていた。
そんな隙を見せられたら、盗賊のボクはソレを突かないなんて選択肢は、当然ながら存在しないよね。
『そこどいて!』
ボクも割と動転しててね。我ながら乙女みたいな声を上げながら、呆然としているザロアスタ卿を、鎧の上から思いっきり聖剣で斬りつけた。
『お、おお……おお……!』
彼の鎧は切り裂かれて、血を吐き出しながら彼は倒れた。
これには正直びっくりした。だってボク、盗賊として生きてはきたけど、これでもか弱い乙女だったんだ。だから、自分の細腕が鎧を砕く一撃を繰り出すなんて予想もしてなかった。そして、それでザロアスタ卿みたいな強い騎士を倒せるなんて。
そんな何かに浸るような声を上げながら倒れたザロアスタ卿。
ボクは震えたよ。これはすごいって——ザロアスタ卿についてきて、ボクのことを囲んでいた聖騎士たちがひどく矮小なものに見えた。
でもね——
『聖典教義局の騎士から連絡を受けて来てみたが……これは』
『なかなか、面白いことになっていますねレイチェル。私、びっくりです』
彼らの背後から現れたのは二人の女性。一人は鎧を纏った白金髪の髪を靡かせた女性——言うまでもなく、あのレイチェルちゃんね。そしてもう一人は、白いドレスに身を包み、たおやかな笑みを浮かべた女の子。
その女の子を見た瞬間に、周りの騎士たちはその場に跪いた。彼女はそんな彼らにひらひらと優雅に手を振りながら、真っ直ぐにボクを見た。
『盗賊さん盗賊さん。貴女のお名前は?』
『はい?』
『私は貴女をなんて呼べばいいのかしら? 盗賊さんなんて呼び方は不躾だもの』
聖教会のお偉方が後生大事に守っていた宝物を、何処の馬の骨ともしれない盗賊に奪われたっていうのに、そんなことを言うんだもの。ボク、呆れちゃったよ。
『——猊下、そんなことを言っている場合ではありません』
『そんなこととは何よぅ……心配してくれるのは嬉しいけど、過保護はちょっと息苦しいわ』
『ともかく、彼女の対処は私が。猊下はお下がりを』
そう言って、レイチェルちゃんは前に出てきた。そして、ボクに剣を向けた。
『その剣を下ろす気はあるか? 降伏すれば手荒な真似はしない』
『死ぬ気はあるか、なんて聞かれて首を縦に振るほど素直じゃないんだよねぇ、ボク』
『あらボクっ娘? 素敵ねレイチェル!』
『猊下!』
どこまでもふざけた彼女をレイチェルちゃんが振り向いた瞬間に、ボクは斬りかかった。でも——
『——く、ぁ……何、が……?』
『聖騎士を舐めないで頂こう』
こっぴどくやられました。ボクの剣戟は全部躱され、いなされて。あっという間に床に組み伏せられて、白いドレスの彼女の前に引き摺り出された。
『ふふ、聖剣からは手を離さないのね』
彼女は笑いながらそう言ってその場にしゃがみ込んでボクの目を覗き込んだ。彼女の瞳は綺麗で、優しげで。でも、海の底を流れる冷たい海流みたいな色をしていた。
ボクはそんな彼女の瞳に震えたよ。綺麗だけど、怖かった。
『ボクは、処刑されるの、かな?』
分かりきった質問ではあった。聖教会に忍び込んだ時点で、捕らえられれば殺される覚悟はしていた。でも、ボクは割と単細胞だから、殺されるにしてもどう殺されるのかなんて言うのは考えてもいなかった。
彼女はボクの問いに、口元に指を当てて考え込む。そして、ふっと諦めたように傍らのレイチェルちゃんに尋ねた。
『そうですねぇ……ねぇ、レイチェル。聖遺物に手を出した人って、聖典教義官の教会法だとどういう扱いだったかしら?』
次話と合わせて1話分として書いてたんですが、3,000字超えたので分割しました。
キレが少し悪いのはご容赦を
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