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Ep.4-69

エリシアの独白形式です

——たぶん一年くらい前のことだったかな。

盗賊としてちょこちょこと名を上げていたボクはある時こんな噂を聞いた。


『聖教国の大神殿の奥、侵入すれば命はないと言われている地下の宝物庫にはとんでもない宝がたくさん収められている』


そんな噂、与太話と言い換えてもいいかもね。

その頃のボクは、生まれ育った街のスラムから離れて、あてどなく大陸を彷徨い歩いていた。貴族の屋敷や辺境の城、大商人の屋敷なんかに忍び込んでは、お宝や金銭をくすねては、その日の食い扶持に変える日々。

そんなただ生きるだけの日々にどこか退屈さを覚えていたボクは、そんな噂を耳にして聖教国へと足を向けた。

この世界で一番厳重な警備と、神聖で侵し難い宝物たち。そんなものたちを相手に盗みの腕、忍びの腕を試したいという気持ちがあった——いや、そんな高尚なものでは無かったね。きっとボクはただひたすらに退屈だった。

その退屈を焼き尽くすような、ヒリついた緊張感が味わいたかった。もしその果てに捕らえられて、罪人として処刑されてもそれはそれでいいとも思っていた。こんな風に緩慢に、自分の魂が、時間が錆びついていくのをぼんやりと眺めて生きていくくらいならば、ぱっと弾けて消える火花のように享楽的な刺激に浸りながら死んだ方がいいんじゃないかとすら思っていた。

だから、ボクは聖教国へと忍び込んだ。


鎧を纏った聖騎士を気絶させてその鎧を奪い、聖教国の大神殿へと入り込み、そこから持ち前の機転で人を騙し、誘導してなんとか宝物庫への道を切り拓いた。


『意外と簡単だったなぁ』


これがあの時宝物庫の扉を前にしたボクの率直な感想。確かに警備は厳重だった。多くの騎士たちが巡回もしていた。錠はとびきり複雑で、とてもじゃないけどボクには手の施しようのないものばかり。

それでも、騎士たちの巡回には必ず死角が生まれるし、掛けられた錠だって、それを解錠するための鍵は当然あるのだから、それを騎士たちからくすねて仕舞えばなんのことはない。

そうして割と何なく宝物庫の鍵を開けて、中に入った。

その瞬間、ボクは思わず息を呑んだ。

その宝物庫は、ボクの予想とはだいぶ違っていた。ボクが予想していたもの、これまで見てきた宝物庫には、所狭しと財宝や金貨が並べられていて、雑然とした印象だった。

それはきっとその持ち主たち——当然大金持ちな人たちなんだけど——が、その財産の一つ一つには思い入れがなくて、総体としての「自分の財産」にしか関心が無かったからなんだろうね。

でも、()()は違った。

宝剣や石板、金銀宝石に飾られた首飾りや錫杖。その一つ一つが丁寧に保管されていた。その丁寧さは単に貴重な品を扱うというようなものではなくて、どこか敬意のようなものが払われているように見えた。

今までの盗みではそんなことはなかったんだけど、この時ボクは初めてそこにある宝物に見惚れた。

これまでずっとモノの価値なんて分からないし、考えもしなかった。光っているから、澄んだ色だから、大きいから——だからきっと売れるだろう。そんなことしか考えていなかった。

でも、この瞬間に初めてボクは人が言う「価値」というものを理解できた気がした。

その静謐で、厳かな「価値」を前にボクは思わず手を伸ばした。でも——


『——大神殿への侵入、「墓所」への無断立ち入り、そして聖遺物にその汚い手で触れんとしたその行い。もはや酌量の余地はないな。簒奪者にして冒涜者よ』


低く重々しい声が響いた。

振り返るとそこには数人の騎士たちが、唯一の出口を塞いでいた。そして、その中央に立つ老騎士がゆっくりと進み出て、剣を抜いた。

顔に大きな傷のついた、血走った目をした彼。


ここまで言えば君も予想がつくかもしれないね。そう——ザロアスタ卿だった。

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