Ep.4-60
「どうやら当代の魔王は『聖剣使い』らしい」
エリシアは内緒の話をするかのように声音を潜めてそう言った。その言葉に誰よりも驚いたのは、意外なことにエリオスだった。
「嘘……ホントに……?」
エリオスは呆然とした様子で口の端から言葉をこぼれ落とすようにそう言った。そしてエリオスは口元に手を当てながら何事かぶつぶつと呟き始める。
「……反応は……そのトリガーは……神への……つまりは……特例? ……いやしかし……だとすれば……」
シャールの耳には訳の分からない言葉が断片的にしか聞き取れなかった。俯くようにしながら独り言を重ねるエリオスに困惑するエリシアたち。そんな彼女たちにアリアは告げる。
「ほっときなさい。コイツ、根は研究者肌だから考え込むと長いのよ——それで、もう少し詳しく教えなさいな。その魔王について——『聖剣使い』ってことは、単に聖剣を所持しているだけじゃない、聖剣に認められた存在ってことでしょ?」
アリアの指摘に、レイチェルは頷く。エリオスもアリアの言葉で正気に戻ったようで、居住まいを正して改めてレイチェルたちと相対する。それでも、その表情の片隅には動揺の残滓があった。
レイチェルはそんな彼に怪訝な視線を送りながらも話し始める。
「暗黒大陸に送った斥候部隊、その中でも魔王の居城に忍び込んだ者からの情報だが——」
§ § §
レイチェルの話を要約すると以下の通りだ。
魔物や魔人——魔王の下に馳せ参じた邪悪なる者たちの跋扈する城で開かれた儀式に、その聖教国の斥候は忍び込んだ。そこに至るまでには多くの艱難辛苦があったそうだが、それは割愛。
斥候が犠牲を払い、苦労を重ねた果てに忍び込んだ魔王の城の儀式。それは、三月に一度行われる配下たちから魔王への忠誠を示す儀式。そして向けられた忠誠を嗤いながら、魔王がその威と力を示し、配下たちに畏敬の念を改めて植え付けるための儀式だ。
城下に集まりひしめき合い、蠢く魔性たち。生きた心地のしないまま、その中に魔物として紛れ込んだ人間の斥候。そんな彼らを見下ろす城壁の上に魔王は、直属の部下たちを引き連れて現れたという。
その瞬間、それまで酷く騒がしかった魔物たちが水を打ったように口を閉し、その場に跪いた。
そんな彼らに対して魔王は笑った、嗤った。
『我に傅く愚者たちよ。我を敬する愚者たちよ。貴様らの中にその愚かしさから解き放たれんとする者がいるのなら、立ち上がり反旗を掲げよ』
男性とも女性ともつかない中性的な、それでいて軽さはなくて重々しい声。
そんな魔王の言葉に、魔物たちは誰も応えることなくただ傅き、地面を見つめる。何も見ないことこそが忠誠の証であるかのように。
それを見て、魔王は笑う。
『未だその愚かさを捨てない者たちよ。ならば我もその愚かさに報いよう。未だ我が力、衰えざるを示そう』
そう宣うと魔王は腰に佩いた剣を抜き放ち、高々と掲げる。まるで戦の勝鬨を上げるかのように。
魔物たちも立ち上がり、歓喜の咆哮を上げる。
狂喜、狂騒、昂奮の嵐。そんな中、斥候は絶句した。自分の網膜を刺激する光が信じられなかったから。
その手に握られた剣は、青く清浄な光を放っていた。




