Ep.1-19
「あのお嬢さん、聖剣に選ばれているかもしれない」
エリオスが零すようにそう言った瞬間、アリアの顔が凍る。
唇が震えていた。その表情は動揺とも恐怖とも嫌悪とも分からない。
「もういちど聞くわ、エリオス。何で殺してないの。聖剣使いなんて一番に殺すべき存在じゃない?」
シャールを見据えたままに、静かな怒りを湛えてアリアは再びエリオスに問う。その声音は、先ほどまでのが気の置けない友達や恋人同士のじゃれ合いのようなものだったが、今この瞬間においては彼女の声は審問官が異端者を説教するような、判事が有罪を宣告するような重みをもっていた。
そんなアリアに、エリオスは先ほどとは打って変わって落ち着いた表情で問い返す。
「その前に、君は聖剣についてどれくらい知ってる?」
「悪いけど、聖剣は管轄外なの。だから、世間で流布してる噂程度のことしかしらないわ」
「だろうね、君の権能を考えれば。だからこそ、あれは良いサンプルになる」
憮然と返すアリアに、エリオスはそう笑いかけた。
シャールにとってはその言葉の意味が徹頭徹尾分からない。しかし、アリアはエリオスの言わんとすることを理解したかのように、すぐさま表情を変えた。あまりよくない方に。
表情を歪めて、本当に嫌そうな顔をする。
「本気なの? 仮にも聖剣保有者を‥‥‥」
「私を誰だと思ってるのさ。仮にも、君の権能を飲み干した男だぜ?」
エリオスは茶目っ気たっぷりに、先ほどまでの虐殺を忘れたかのように微笑んで見せる。そんな彼の顔を見て呆れたようにため息を吐いてから、アリアはくるりと踵を返す。
「好きにすれば。でも、私との約束が果たせないなんてこと無いように」
「御意思のままに」
つんとした声で注文を付けるようにそう言ったアリアに、エリオスはシャールの知らない不思議な音を連ねて、にんまりと笑いながらあうやうやしく頭を下げる。そんな彼の姿にアリアもクスリと笑って城門の向こう、暗闇の中へと消えていく。揺れながら消えゆく髪の毛は、蝋燭に灯った青い火が吹き消されたようだった。
そんな彼女を見送ると、エリオスはゆったりと振り返る。
「さて、レディ。お名前を伺っても?」
紳士的な口調でそう宣ったエリオスを、シャールは無言で睨みつける。二人の間にしばし流れる剣呑な沈黙、シャールはその間も聖剣を握りしめ、その切っ先をエリオスの喉元に向けていた。
意外にも、この沈黙を先に破ったのはエリオスだった。深いため息と共に、きまり悪そうな表情を浮かべて腕を組む。
「別に名前を知ったからって呪ったりはしない。私の神に誓ってね」
その声には、先ほどまでとは違ってうっすらと誠意のようなものが感じられた。悪人の誠意を信じるなど、愚の骨頂ではある。だが、シャールはどうしても彼の言葉が噓には思えなかった。どのみち捨てた命なのだ、名前に呪詛を込められて死んだとして、何を恐れることがあろうか。シャールは唇を震わせながらおずおずと、それでいてその目はしっかりとエリオスを見つめながら口を開く。
「シャール。シャール・ホーソーン、です」
「そうか。ではシャール、一つ提案をしよう」
エリオスはにんまりと笑いながら、シャールを見下ろして言った。
「——君、私の所有物になる気はないかな?」
「素晴らしい提案をしよう」って言わせたかった気もしたけど、さすがに自重しました。
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