Ep.4-58
「最高巫司様が……エリオスの力を——?」
エリシアの言葉をシャールは理解が追いつかない様子で復唱する。しかし、それでもエリシアの発した言葉はシャールには咀嚼しきれなかった。
だってそうだろう。最高巫司とはこの世界における神の代理人。神とはそれを信ずる多くの人間たちにとって絶対的な正義であり、その代理人たる最高巫司もまた同じだ。
そんな絶対的な正義が、既に多くの人間を殺している純然たる悪であるエリオスの力を欲するなど、到底得心のいく話ではない。
世界の倫理的秩序が崩壊するような事実——そう言っても過言ではない。シャールは足元が崩れ落ちるような目眩に襲われる。
「くく、アハハハハ! なにそれ、最高のジョークだわ!」
不意にエリオスの横でアリアは腹を抱えて笑い出す。しかし、その目は笑っていなかった。
「——アンタたちもレブランクの二の舞になりたいのかしら? どうしてコイツがあの国を滅ぼしたのか……その理由、全く調べがついてないって訳じゃないでしょう?」
不意に笑うのをやめて、アリアはそう問いかける。広い部屋の中に響いたアリアの声は数瞬の冷たい沈黙をもたらす。そんな沈黙を切り裂くようにレイチェルは口を開く。
「レブランク王国の勇者、ルカント第二王子を斃したエリオス・カルヴェリウス——勇者を殺すほどの彼の力を欲した国王マラカルド三世が、第二近衛騎士団長アリキーノ子爵をこの地に派遣し、彼を捕らえようとしたことが原因だったと——我らに先んじてレブランクに入った諜報員からそう聞いています」
「ま、及第点ってところね。そこまで理解できているのなら、どうして最高巫司サマとやらはコイツを仲間に引き入れようなんてしたのかしら? コイツが私以外の誰かに従うはずがないって分かっているのに——ふふ、自分たちなら特別とでも思ってたのかしらねぇ」
底意地の悪い笑みを浮かべて、アリアはレイチェルたちに甚振るような視線を向けた。アリアは妙に聖教会に対してどす黒い敵意を抱いている、シャールはどうにもそんな印象を感じてならない。
しかし、レイチェルはそんなアリアの嗜虐的な視線を跳ね除けるように泰然とした様子でアリアを見つめ返す。
「それは違います。あの方はそのような傲慢なお方では断じてない。何より猊下は自国の更なる拡大という身勝手な欲望故に彼を捕らえようとしたマラカルド王とは違う」
「じゃあ、どんなご立派な大義があるって言うのかしら?」
アリアは少し苛立った様子で吐き捨てるようにそう言いながら、レイチェルを睨め付ける。
一体どのような大義があるのか——それはシャールも気になっていた。正義が悪の力を借りるというこの矛盾に応えられるほどの大義があるのか。その答え如何によっては、シャールが抱く聖教会というものへの信頼が大きく決壊することになる。
アリアとシャールの視線を受けながら、レイチェルは口を開く。
「暗黒大陸に居する魔王、神と世界の敵対者たる彼の者を討伐するため——大義としてこれでは不足でしょうか?」
献血の針って本当に布団針みたいなんですね……




