Ep.4-57
うっかり寝落ちしてたら日付が変わってしまっていました。申し訳ありません。
「最高巫司からの親書、ねえ……」
エリオスは、エリシアの言葉を復唱しながら改めて手元の羊皮紙へと視線を落とす。紙上には可愛らしくも几帳面さと生真面目さを感じさせる文字たちが踊っている。エリオスはそんな文字列を左から右へと読み進める。
「——何て書いてあるの?」
黙って読み進めるエリオスに痺れを切らしたように、アリアが横から問いかける。彼女の問いかけの数瞬後、エリオスは親書を読み切ると、それを目の前の机の上に放り投げた。
「ふざけたことをお願いしてきたものだね……君たちのご主人様は」
アリアの問いかけに応えるでもなく、エリオスは腹立たし気な声を上げエリシアたちを睨みつける。そんな彼の視線を受けながら、エリシアたちは臆することなくエリオスを見つめ返す。三人とも黙ったまま、エリシアに至ってはその笑みを深くしながらエリオスを見つめている。
そんな彼らの態度に唇を尖らせながらエリオスは、両隣で目を白黒させるアリアとシャールのために口を開く。
「――結局のところ、彼らの目的はレブランク王国を滅ぼした悪人であるエリオス・カルヴェリウスを処断することではなく、私という戦力との交渉だったんだ。まずはそれが一番の最優先事項だった。しかし――」
「その優先順位は、聖教会という組織の中での意思決定過程の中で少しばかり歪んでしまったのさ。お恥ずかしいことながらね」
エリオスの言葉をエリシアが引き継ぐ。エリシアは苦笑めいた表情を浮かべながら、傍らのレイチェルを見つつ話しを続ける。
「知っての通り、聖教国には祭儀神託官と教義聖典官っていう二つの組織があって、それが両輪としてアヴェスト聖教っていう組織を支えているんだけど、昔からここが折り合いが悪くてさあ、権力闘争の真似事みたいなのを繰り広げているんだよね」
「その権力闘争の真似事が、アンタの言う『意思決定の歪み』ってやつの原因ってコト?」
エリシアの説明に、アリアがそう問いかける。すると、エリシアはひどく嬉しそうな表情を浮かべながら、アリアに向けてうなずいた。
「そうとも、可愛いお嬢さん。教義聖典官――特にそのトップである統制局長は、現在の最高巫司に強い権力がある状態がお気に召さないらしくてね。ことあるごとに、最高巫司とその配下たちの脚を引っ張ってはその力を削ごうとしてくる――今回もそれさ」
「当初、我らが予定していた貴殿への接触は、あくまで親書を手渡す程度のものだったのだ」
エリシアの言葉に付け加えるように、レイチェルが口を開いた。彼女は少し伏し目がちに、エリオスの目の前に放り出された親書を見ながら続ける。
「しかし、統制局長はそれを良しとしなかった。仮にもレブランク王国を滅ぼした悪しき存在に対して、神の代理人たる最高巫司がその名において親書を送るなどと言うのは教会の権威に関わると――ゆえに、接触を図るのであれば親書を送るのではなく、罪人として捕らえ聖教国に引っ立てるという形であるのが正常だと」
苦々し気にそう話すレイチェル。そんな彼女に苦笑を漏らしながら、エリシアは更に話を続ける。
「でも、最高巫司はそれを拒絶した。まあ、当然だよね。一つの国を一朝一夕で滅ぼしちゃうような存在を罪人として捕らえるなんて火中の栗に火薬を振りかけて手を突っ込むみたいなことさせるわけにはいかないもの。だから、最高巫司と統制局長の間で折衝が行われて、今回みたいに聖騎士を派遣して『同行を願う』っていう一見して平和的なカタチに落ち着いたってワケ――尤も、結局平和裏には終わらなかったけど」
そう言ってエリシアは肩を竦めた。
いまいち状況の飲み込めないシャールは、おずおずと誰にともなく質問を投げる。
「あの、結局……最高巫司さまはどうしてこの人に接触を図ろうとしたんですか?」
その言葉に、エリシアは一瞬きょとんとした表情を浮かべる。そして、その直後に何か思いだしたようにぽんと手を叩いて笑った。
「そうだった、そこが一番大事なところだったね。最高巫司がエリオス君との接触を図った理由――それは、彼という悪人の力を彼女が欲したからさ」




