Ep.4-54
目の前に広がった奇妙な光景に、シャールは自分がもしかしたら悪夢の中にでも迷い込んだのではないかと錯覚する。エリオスの館の二階、バルコニーに面した食堂室の長机を囲むようにシャール以外に五人の人物が顔を突き合わせていた。
館の主人であるエリオスは暖炉の前の席に腰かけて、シャールの淹れた紅茶をゆったりと味わいながら楽しみつつ、時折ケーキスタンドのスコーンをちぎっては口に運ぶ。
「ああ……おいしい……」
ジャムをたっぷりと塗ったスコーンを口にするたびに、エリオスの表情には押し殺しがたい歓喜の表情が浮かび、無意識的になのだろうが声が漏れている。既に彼はこぶし大のスコーンを三つも平らげている。
いつも食べている何の変哲もないスコーンなのに。そんなに空腹だったのか――シャールはそんなことを思いながら他の面々を見遣る。
エリオスの隣席に座るアリアの表情は不愉快そうに、わざとらしいほどに頬を膨れさせている。ティータイムの突然の闖入者、しかもそれが先ほどまで自分たちに牙を剥いていた聖騎士だというのだから、それはあんな顔にもなろうというモノだ。「何故連れてきた」という不満が顔に十全に表れている。ときおり、机の下で彼らを招き入れたエリオスの脚をげしげしと蹴りつけているが、エリオスは全く気にも留めずに茶菓子を食べている。
シャールは続いて、机の反対側に座る聖教国の面々へと視線を転じる。
「この紅茶、初めての香りだけどおいしいね――オリジナル?」
エリオスの対面に座るのはそう言って物珍しそうに館の内装をちらちらと見ながら紅茶を啜るエリシア。一応は敵地のど真ん中だというのに、彼女は提供された茶と菓子を存分に楽しんでいる。
そんなエリシアを傍目に見ながら、レイチェルは眉根を顰める。エリシアの勧めで血にまみれた鎧を脱ぎ、着替えた彼女は居心地悪そうにちょこんとエリシアの隣に座っている。彼女が着替えたのは、アリアがクローゼットの中に死蔵していた赤いドレス。ふたりの身長差のせいだろうか、すこし丈が短いようで足元が少し心許ない。
一方ザロアスタは、エリシアの勧めに耳を貸すことなく鎧を着たままに近くの壁にもたれかかって、エリオスを睨みつけている。彼の身体からは未だにわずかに血の匂いが漂っており、それがこの奇妙な優雅さを漂わせる茶会の中にあって、先ほどの戦闘の記憶を嫌でも呼び覚ます。
「エリシア殿、そろそろ本題に」
いつまでものんびりと紅茶を楽しんでいるエリシアを肘で小突いて、レイチェルは先を促す。せっつかれたエリシアは「ええー」と少し不満げに唇を尖らせてみるが、レイチェルの「この空気に耐えられない」と言わんばかりの切実な視線に負けて、肩を竦める。
「しょうがないなあ――じゃ、伝えるよ。最高巫司猊下サマからの言伝。まずは君たちに」
そう言って、エリシアは腰に掛けた鞄から、羊皮紙の巻物を取り出して、レイチェルとザロアスタに視線を向ける。そして取り出した羊皮紙を拡げると、その中身を見せつけるように二人の前に突き出した。
「――暗黒大陸の方で不穏な動きがある。戦力が必要だから君たち二人は戻ってこいってさ」




