Ep.4-53
「——君のご主人様、最高巫司猊下からの頼み、もといご命令さ」
エリシアの言葉にレイチェルは僅かに驚きを滲ませる。
最高巫司——アヴェスト聖教における最高の権威、神の代理人たる存在。シャールは、この場で再びその名を聞くことになるとは思っておらず、一瞬エリシアの発した言葉の意味が理解しきれなかった。
それはレイチェルも同じようで、シャールほどではないものの混乱した様子でエリシアに問いかける。
「エリシア殿。最高巫司猊下からのご命令とは……私は貴殿が来るなどと言うことを、あの方からは聞かされていない!」
「まあ、そうだよねー。でも、心配しないで欲しい。これは別にあの人がレイチェルちゃんに意地悪してるとかそういうのじゃないから」
エリシアの言葉は緩くて軽い。しかし、その言葉の端々にはレイチェルという人間への理解と、心遣いが感じられた。
レイチェルもその言葉を渋々ながらも受け入れる。しかし、その目は色々なことを説明して欲しいと訴えかけている。そんな彼女を見て、エリシアは苦笑混じりのため息をついた。
「レイチェルちゃんと、ザロアスタ先生は当然として——エリオス・カルヴェリウスくん、君にも最高巫司猊下からの伝達事項があってね」
「私に?」
首筋に聖剣を当てられているというのに、エリオスはもう慣れたとでも言わんばかりに落ち着き払った表情で片眉を上げる。そんな彼にエリシアは聖剣を突きつけたまま、微笑む。
「そう——ただ、ちょっとばかり長話になりそうでねぇ……だから何だと言うこともないんだけどぉ……」
言いたいことは分かるよね、とでも言わんばかりにわざとらしく甘えたような視線を投げつけるエリシアに、エリオスは肩をすくめる。
「——立ち話もなんですし、とでも言ってあげれば満足かい?」
「——手を引くのですか?」
エリオスの言葉に、レイチェルが怪訝そうな声を上げる。そんな彼女の言葉に、エリオスは皮肉っぽく笑う。
「聖剣使いが三人もいる中でやりあう気はないよ――それに、ちょっと疲れた」
そう言って、エリオスは両手を上げながらちらとエリシアの方を見やる。エリシアはそんな彼の視線から意図を汲んでか、聖剣を彼の首筋から離す。その隙をついてエリオスが攻勢に転じるのではないかという不安が一瞬シャールの脳裏を過った。同じように、レイチェルやザロアスタの表情にも緊張が走った。しかし、エリオスはそのまま踵を返して館の方へと向かう。
そんな彼の後ろを、エリシアはちょこちょこと付いていく。
少し進んだところで、エリオスは振り返って、その場で硬直していたシャールたちを見る。その瞳からは既に煮えたぎるような邪気は失われていた。
「何やってるんだ君たち。早く来たまえよ」
そう言ってからエリオスは再び踵を返して館へと向かう。そんな彼の後ろから、エリシアは覗き込むように彼に絡んでいく。
「ねぇ、エリオスくん。もうそろそろお茶の時間だよね? そうだよね? ね?」
「お茶まで集るつもりなのかい君は——まあ、別に構いやしないけども」
恐ろしく馴れ馴れしくて、独特な対人距離感を持つエリシアとそれを何故か受け入れているエリオス。
そんな二人の様子に呆気に取られながらも、シャールたちは遅れてその背中を追いかけ館へと向かった。




