Ep.4-51
「我が主命を果たす事、それが我が最優先事項だ。さぁ、覚悟しなさい——エリオス・カルヴェリウス」
レイチェルはそう言って血塗れの聖剣をエリオスに向かって突きつけた。エリオスはそんな彼女たちに冷ややかな視線を投げつける。
「――私に勝てるつもりなのかな? ついさっき、とことんまでに叩きのめされたのも忘れちゃうような鳥頭なのかなぁ、レイチェル卿は」
「それを言うなら、エリオス・カルヴェリウスは一眼で分かる状況の違いを理解できない猿、ですか?」
エリオスの煽るような口上をレイチェルは一笑に付して、煽り返す。エリオスは小さく舌打ちをして、不敵に笑うレイチェルを睨む。
「何さ、老兵1人加わっただけじゃないか。しかも、君は全身ボロボロ――ふふ、アメルタートの権能も大したことはない……ってことかな?」
そう言ってエリオスはレイチェルの身体を舐るように眺める。
確かに、アメルタートによる治癒は完全ではない。傷口は塞がっているし、折れた骨も正しく結合している。しかし、それは治癒の形としては完全ではない。骨の結合は完全ではないし、傷口だっていつ開いてしまうか分からない。何より、彼女は出血が多すぎる。ゆえにその足取りもどこか不安定で、顔色もひどく青白いし、息も荒い。
そんな彼女を前に、エリオスは悪戯っぽく笑いながら肩を竦める。
「とはいえ、あれだけボロ雑巾みたいにしたのに立ち上がれるまでに回復させたのは驚きだ。うん、聖剣の研究のための良い参考になる。シャールにはあとでご褒美をあげないとかな?」
エリオスはそう言って、レイチェルの肩越しにちらとシャールを見て、ウインクをする。
その瞳の輝きがあまりにも無邪気で、シャールは逆に恐ろしさを感じて、全身をびくりと震わせる。「ご褒美」という言葉の響きに良く無いモノを感じるのは、エリオスとの生活の中でシャールが彼に毒されてしまっているからだろうか。
そんなエリオスの視線を遮るようにザロアスタは立ち上がり、傍らに立つレイチェルに向けて口を開く。
「レイチェル卿――我輩の求道と浄罪の邪魔をしてくれるな」
「貴卿こそ、彼に一矢報いることが求道と浄罪だというのなら、せっかくの機会を独り占めするなんてずるいです」
厳しい視線を投げつけるザロアスタに、レイチェルは悪戯っぽく小さく笑う。その表情に、自分と同じものを感じたからか、ザロアスタはそれ以上何かを言うことなくエリオスの方を向く。
そんな二人のやり取りに、エリオスは唇を尖らせる。
「勝手に私との戦いに変な意味を見出さないでもらえるかな……まあいいか。どのみち君たちの信仰はここでおしまいだからね」
「そうかもしれない――しかし、だとしてもです。だとしても、私は最期まで自分の使命を全うする。最後まで貴殿に一矢報いることを諦めない。例えこの命が尽きたとしても」
「――然りィ」
レイチェルの朗々たる口上に、ザロアスタは口の端を吊り上げながら短く同意の言葉を発する。そんな二人を前にエリオスは呆れたように、そしてわずかに表情を歪めて腹部を抑えながら息を吐いた。
「……あっそ、じゃあ極光の中でさっさと死んでもらおうか――極大消除魔術、限定展開」
エリオスは二人に向けて右の掌を突き出す。その先の空間が撓み、歪み、魔力が収束していくのが分かる。対するレイチェルとザロアスタは、そんなエリオスに向かって剣を振りぬきながら迫る。
魔術の展開が早いか、自分たちの剣が届くのが速いか。二人はそんな一か八かの賭けに出ているのだと、死ぬつもりなのだとシャールは直感した。
「待って」と叫びたかった。しかし、それは間に合わなくて――エリオスの手の先に集まった魔力が色を帯びて、術式が臨界を迎えたことを知らせる。
しかし――
「三人とも、ちょおっと待ってもらえるかな?」
「――ッ!」
聞き覚えの無い声が響いた。ハスキーでどこか軽々とした印象を与える女性の声。その声が響いたのと同時に、エリオスの背後から赤く輝く剣が突き出され、その刃がエリオスの首筋にあてられる。
その瞬間、生殺与奪を完全に掌握されていることを悟ったエリオスは、不承不承の表情を浮かべながらも展開していた術式を破却する。
そして、エリオスに迫っていたレイチェルとザロアスタも、その声に驚いたようにその場で急停止する。そんな三人を満足そうに鼻を鳴らして、エリオスの背後の女性はどこか楽しそうに言葉を続ける。
「ふふ。悪いけど、ここはボクに免じて三人とも矛を収めてもらいたい」




