Ep.1-18
そんな不機嫌そうな彼に対して、シャールはどこかすがすがしい表情をしていた。
これから自分は殺される。きっとミリアのむごたらしい死にざまなど、可愛らしく思えるほどに凄惨な死を迎えるのだ。痛いし、苦しいだろう。でも、それでも自分は役割を果たせたのだ。王国最強の剣士ルカントが瞬殺された相手に、百戦錬磨の冒険者アグナッツォが歯が立たなかった相手に、当代随一の魔術師リリスが泣き崩れるような相手に、質実剛健の格闘家ミリアが嬲り殺された相手に——自分は一矢報いることが出来たのだ。
価値がないと、役に立たないと言われていた自分が。そしてリリスを逃がすことが出来た。それだけで、自分にも価値があったと思えたから。シャールはじっとエリオスを見据えていた。その口元に笑みすら浮かべながら。
「殺しますか? どうぞお好きに、私は役割を果たせましたから」
「——ッ」
エリオスは酷く表情を歪める。怒り、屈辱、そしてあとは良く分からない感情を魔女の釜の底で煮詰めたような渋い表情だった。
彼はわずかに逡巡したような表情を浮かべてから、左腕の傷を抑えていた右の掌をシャールに向ける。そして呪言を口にしようとした瞬間——
「エリオォォス!」
彼の背後、ぽっかりと口を開けた城門の奥から声が響いた。聞いたことの無い、凛としていながら柔らかい女性の声。それを聞いた途端に、エリオスはびくんと背筋を伸ばして飛び上がる。
そして恐る恐る振り向きながら、口にしかけた呪言の代わりにその女性のものであろう名前を発する。
「あ、アリア‥‥‥」
エリオスの視線の先、そこに立っていたのは青い髪を靡かせた少女だった。年のころはエリオスやシャールより少し上くらい、顔つきだけで言えばエリオスの方がやや大人びてすらいる。しかし、風に靡く髪や彼女の瞳は、青白い高熱の炎のようにそれを見つめるシャールの心を焦がすような不思議な力を帯びていた。
「え、えっとぉ‥‥‥どうしたのかな、マイフェアレディ? そ、そんなに怒って‥‥‥」
たじたじとした表情——先ほどまでの悪役然としたニヒルな笑みや、複雑な色味の表情は彼の顔から掻き消えていた。まるで、いたずらが母親にバレた子供のように慌てている。
背中もがら空き、シャールのことなど見えていないかのようだ。
(——今なら逃げられる?)
生還を諦め、死を覚悟したというのに不意に訪れたチャンスにシャールの心は揺らぐ。しかし、そんな一筋の希望は、次の瞬間にアリアが発した言葉によって霧散する。
「あれ——その子はなあに?」
アリアは今更気づいたように、小首を傾げてシャールの方を見た。どくんと心臓が跳ねた。続けてエリオスもちらとシャールを見遣る。その瞳には少し、先ほどまでの冷たさが戻っていた。
エリオスは小さくため息を吐くと、肩を竦める。
「ちょっと手荒なお客様の、最後の一人さ」
「へえ、どうして殺してないの?」
アリアは無邪気ともいえるような表情で、ちらとエリオスの顔を覗き込む。エリオスは、やや逡巡してから今度は大きくため息を吐いてシャールの方を指さした。
「あのお嬢さん、聖剣に選ばれているかもしれない」
新キャラお一人追加です笑
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