Ep.0-2
騎士たちの指揮官は、表情を歪める。
「——ッ! ほ、報復か!」
「まあどう捉えるかは自由だとも。尤も、報復するほどに此方に被害はなかったのだけれどね」
口の端に泡を飛ばして怒鳴り、睨みつけてくる騎士に対して、先ほどとは打って変わって少年はため息交じりに、さも気怠げに答える。実際彼の瞳には復讐に駆られた凄絶な光も、悲しみを帯びた寂しげな色もない。ただ、憂鬱げに目の前に立つ者たちを見遣るだけ。
そんな彼の異質さに騎士たちは息を呑む。そんな中、少年は問いかける。
「——それで、どうする?」
少年は肩まで伸びた長く艶めいた黒髪を退屈そうに弄り回しながら伏し目がちに笑う。冷たいその声に、一瞬気圧される騎士達。
しかし、答えなど一つしかない。彼らの役目はただ一つなのだから。
「笑止! 我らは国の、王家の剣にして盾ッ! それに牙剥く者あらば――ぇ」
指揮官は自分の胸部に生じた違和感に視線を落とす。その視界に映るのは胸部から吹き出る血と、自身を貫く黒く尖った―――槍? 途端、騎士は口から緋色の泡を吹き始める。
「え――ひ、ひいいいい!!? な、ななんらごえああ――!!?」
「大層ご立派な御口上ご苦労様。でもね、長いの――君のそんな言葉を聞いてる気分じゃない」
仰向けに倒れ、空を掴むように手を伸ばしながら悶える司令官を傍目に、少年は冷ややかに告げる。
血を吹き出し倒れる上官を目にして、他の騎士や魔術師たちは慌てふためきだす。そんな彼らの声が耳に障ったのか、少年は眉間を一瞬つまんでみせると、さらに気だるげな声で問う。
「これ以外に何か言いたいことがある人いる? いないのなら、私は先に行くよ?」
冷然と言い放つ少年の言葉に、騎士たちのざわめきが鎮まる。
「――ふ、ふざけるな‥‥‥」
「隊長を殺しておいて――許さないッ!!」
「騎士団の覚悟を見せてやるッ!!」
義憤にかられたような口ぶりで、少年への怒りを口にする。
――鬱陶しい、うざったい、気持ち悪い。口々に浴びせられる言葉は、冷たい雨がじっとりと服を濡らすような不快さで少年の気を益々滅入らせる。ああ、もう気分が悪い、悪いから――
「――うるさい。もう君たちの声は聴きたくない」
震えるような声で少年は断ずる。決して大きくない声――だが、その深く震えるような声の響きに今にも襲い掛からんとした騎士たちは、その声とその瞳の光に思わず射竦められる。
次の瞬間、少年は自身の指をガリという音と共に小さく噛み切る。流れ出す血――傷つけた指を夜空に掲げ、恍惚の表情で眺める少年の影に垂れ落ちた数滴の血は、瞬く間に影の中に融け込んでいく。
「『刮目せよ、眼の眩むほど‥‥‥賛美せよ、燃ゆる罪業を‥‥‥眼を背けても‥‥‥忘れず刻め――我が示すは大罪の一‥‥‥踏破するは憂鬱の罪』」
建物が燃えていく轟音の中に少年の吟じる詞が融け消えた瞬間、血を飲み込んだ彼の影が蜃気楼のように波打つ。ゆらりと立ち上がり、実体を持って鎌首を擡げる影。恐るべき魔獣と相対して来たであろう騎士たちも、不気味な神秘に触れ続けてきたはずの魔術師たちも、その異質な光景に圧倒される。そこにあったのはただただ黒い何か。
息を呑む彼らをよそに、少年は結びの詞を口にする。
「――『私の罪は全てを屠る』」
次の瞬間、少年の周囲を鮮血が舞う。響く絶叫、断末魔。黒い影の槍は、戦いを挑む者、逃げ出す者、命乞いをする者、その一切の区別なく切り裂き、貫く。少年を囲んでいた人の檻は、数瞬の後に血肉の塊になり果てた。
少年はそんな哀れな残骸に目も耳もむけることもなく、悠々と歩きだす。もはや彼を止めるものは残っていない。
彼の視線の先、壮麗な城が見える。さあ、ゴールは間近だ。少年はくつくつと喉の奥で笑い始める。
「さァて、どこぞに悪役を打倒できる正義の味方はいないのかな?」
月下に少年は、皮肉気に目を細めて嗤う。