Ep.4-49
沈んだ表情で聖剣を見下ろしたレイチェルに、シャールはかける言葉が見つからなかった。レイチェルは血のついた聖剣の刀身と、近くに落ちた串刺しになった騎士たちの首を代わる代わるに見遣る。
「——すまない」
レイチェルは誰にともなくぽつりと呟くようにそう言った。シャールはそんな彼女を見て少し驚く。その目は悲しみを湛えていたが、それでも絶望はしていなかったから。そこにシャールは、レイチェルの強さを見た。
「あの……」
「嗚呼、すまない。君が、助けてくれたのか——礼を言わせて欲しい」
そう言ってレイチェルは軋む体を折り曲げて頭を下げる。シャールはそれに恐縮しながら、彼女の姿をまじまじと見つめた。
アメルタートの力で、傷や骨折はかなり治癒されているのだろうが、それでも身体には痛みが残っているはずだ。しかし、レイチェルは僅かに表情を歪めながらもそれを声に出すことはない。
彼女は凛然としながらも、優しい瞳でシャールを見ていた。
「そうか、『萌芽』のアメルタートか。これが私を……なるほど。ふふ」
「どうしたんです?」
「いや、なに。あの頑固なザロアスタ卿が君を手にかけることなく、エリオス・カルヴェリウスと斬り結んでいるのが、さっきから不思議だったのだけど……理由が分かりました」
そう言ってレイチェルは自分の身体の上に横たえられていたアメルタートを手に取り、シャールに手渡す。シャールがそれを受け取ると、アメルタートの刀身がぼんやりと輝きだした。その若草色の輝きにレイチェルは目を細める。
「心地よい光だ……やはり、君がこの剣の主人なのですね」
「はい——本当はもっと相応しい人がいたのかもしれないけれど」
そういうシャールの脳裏には力強く聡明なルカントの横顔が浮かんだ。
しかし、そんなシャールの言葉をレイチェルはかぶりを振って否定する。
「聖剣は自分を預けるものを選定するのに妥協などしない。君が選ばれたのは、君がアメルタートにとって最も主人になって欲しいと思える人間だったからです」
そう言ってレイチェルはシャールの頭を撫でようとして思いとどまる。その手が血に塗れていたから。
レイチェルは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべてから、じっとシャールの瞳を覗き込んだ。
シャールの瞳には心細げな光が揺らいでいた。そんな彼女にレイチェルは告げる。
「無理に誇れとは言いません。しかし、卑下してはいけない。それは君を選んだ聖剣、すなわち神の奇跡を貶める事になります。それを忘れないで——」
レイチェルはそう言うと血に塗れた手で、血に塗れた聖剣を掴むと、全身を震わせながら立ち上がる。
「何を——」
「エリオス・カルヴェリウスを討つ。例えこの剣が届かずとも、最後まで戦う。それが、私にできる彼らへの償いだ」
レイチェルの声はガラスを転がすように軽やかで玲瓏なのに、その言葉はシャールの口先などでは覆せないと感じさせられるほどに、重々しかった。
シャールはただ、そんな彼女の薄くて強い背中を見送るしかなかった。
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