Ep.4-48
めちゃ遅れました
シャールは刀身を撫でながら、静かに目を閉じる。ザロアスタは『萌芽』の理を司るアメルタートの力は、壊すためだけのものではないと言った。
だからシャールはイメージする。アメルタートが傷だらけのレイチェルの身体を癒す様を。
——手折られ、地面に落ちた枝が根を下ろすように。伐り倒された株から、新たな芽が伸びていくように。
へし折られた骨が再生し、開いた傷口が縫い繋がれていく様を想像する。
すると、不思議と胸のうちから詞が湧き上がってくる。
「白樺の蜜、山楂の枝、葡萄の蔓よ。その幹に背をもたれる者を癒し、紡ぎ、抱きなさい。其は、あらゆる命の燦きを束ねて——大権能、限定解放『広がる命よ、祝福を』」
シャールがそう唱えると、アメルタートが強く輝きだす。シャールは自分の言葉にアメルタートが応えてくれたのだと直感した。
次の瞬間、レイチェルの周りの地面から光り輝く蔦のようなモノが何本も立ち現れる。シャールは一瞬身構えるも、すぐにそれが害あるものではないと理解する——その蔦の輝きはどこか、アメルタートの光に似ていたから。
蔦の先端が、レイチェルの身体の傷口や歪に曲がった四肢に次々と触れる。そこから、魔力をレイチェルの体に流し込んでいるようだ。
「——すごい」
シャールは思わず感嘆の声を漏らした。光る蔦の触れた先から、傷口が塞がっていく。皮膚に広がった青あざも元の白い肌へと戻っていく。
「う……ぁ、ぁ……」
レイチェルの喉の奥から、掠れるような声が漏れた。シャールはそっと彼女の顔を覗き込む。端正で人形のような顔なのに、凛々しくて強い。そんな印象を抱いた。その眉の形や、形のいい鼻、輪郭がどことなくかつて共に旅をして、エリオスの前にその命を散らしたミリアに似ている気がした。
シャールはそんなことを思った瞬間、ふと表情を歪め、そしてレイチェルの頬を撫でた。
「き、みは……」
レイチェルがうっすらと目を開けて、その瞳にシャールを写す。レイチェルはすぐに手を引っ込めると、かき消すように先ほどまで顔に浮かんでいた複雑な感情を隠して口を開く。
「シャール、です。お具合はいかがですか、レイチェル卿」
「——私は、気を……? ああ、部下たちは——ッ!」
記憶が混濁しているようで、エリオスの悪辣な所業の果てに自分の剣が部下たちの命を奪ってしまったことを思い出せていないらしい。
伝えるべきか——そんな事を考えて、シャールは僅かに表情を歪ませたが、そんな彼女を他所にレイチェルは起き上がる。
そして、自身の掴んだ聖剣とそれにべったりと着いた血を見やり表情を変える。
「嗚呼、そうか——そう、だったな」
レイチェルは全てを察し、思い出したようにそう零すと、目を閉じた。