Ep.4-46
「なァに、壊すのは我輩に任せておけィ」
ザロアスタがそう笑うのを見て、エリオスは少し不満げにわざとらしく唇を尖らせる。エリオスは足元の土を蹴りながら、いじらしい視線をザロアスタに投げる。
「かかってくるのは大歓迎だけど、そこまで自信満々に言われると腹が立つな」
そう言ってエリオスはちらと背後のアリアを振り返る。馬上のアリアは退屈そうな表情を浮かべてエリオスを見下ろしている。そんな彼女にエリオスは告げる。
「面白い喜劇にはなりそうにもない――君に血の匂いがこびりつくのも業腹だし、先に帰ってお茶の準備でもしておいてよ」
「あっそ」
アリアが吐き捨てるようにそう言ったのを見届けると、エリオスは彼女の乗った馬の轡を指でなぞる。すると、骨と皮だけの馬は踵を返して館の方へと向かっていった。
それを見送ると、エリオスは改めてザロアスタの方へと向き直る。その顔は先ほどまでと比べても、明らかに不機嫌そうだった。
「――なんで斬りかかってこないかな……舐めてるの?」
「侮ってなどいないさ。だが、背を向けた敵には斬りかからない――公明正大たる偉大な神に仕える聖騎士としての矜持というやつだ」
「それが罷り通ると思っているのが……いや、もういいか」
諦めたようにエリオスは肩を竦める。そして、転がったレイチェルとシャールと、ザロアスタをかわるがわる見遣る。
「ひとまずのところ、私は貴卿を殺せばいいのかな? それとも――」
そう言って、エリオスはちらとシャールに視線を注ぎ、手をひらひらと振ってみせる。そんな彼の振る舞いにシャールは身体をびくりと震わせた。ザロアスタは、そんなエリオスとシャールの視線を遮るように彼の前に進み出る。そしてにんまりと笑いながら言った。
「そこな小娘を殺されては困る。我輩は彼女に首を刎ねてもらいたいのでな」
「は? え、何それ。どゆこと? そういう性癖?」
エリオスは本気で困惑したような表情を浮かべて、ザロアスタの顔を見る。そんな彼の引き気味の表情に、ザロアスタは更に笑う。
「ははは! 性癖などではない。これは我が求道の一つの在り方よ! だが、残念ながら彼女は我輩を殺したくはないようでな。故にエリオス・カルヴェリウス——」
ザロアスタは大きく剣を振りかぶり、一瞬でエリオスとの距離を縮める。しかし、エリオスも動揺することなく、それを『憂鬱』の槍で迎撃する。
ザロアスタの繰り出す剣戟を、エリオスは次々に展開させる槍で食い止め、隙あらば攻撃に転じようと仕掛ける。勢いとしてはザロアスタが攻勢をかけ、エリオスは守りに入っている。しかし、あまりに攻撃的すぎるエリオスの防御手段を前にしては、ザロアスタの方が明らかに分が悪い。
一歩誤れば、その瞬間に串刺しにされる死の舞踏。
「——ッ!」
ザロアスタが地面から付き出た木の根を踏んで体勢を崩す。そんな隙をエリオスは逃さず、黒槍の先端を彼の首筋へと走らせる。しかし、ザロアスタは後方へと倒れながら身を捩る。
結果、黒い槍の切先は、ザロアスタの頬の皮膚をわずかに抉っただけだった。
頬から流れ出る赤い血を舐めて、ザロアスタは笑う。
「付き合ってもらうぞ、我が贖罪と求道に。エリオス・カルヴェリウス」
そんな彼を見て、エリオスは低い声で吐き捨てる。
「嗚呼、そういうこと——やっぱり貴卿、私の嫌いなタイプだ」