Ep.4-45
ザロアスタの振り下ろした剣戟を、エリオスは『憂鬱』の権能でこともなさげに受け止める。数瞬の鍔迫り合い、エリオスとザロアスタは互いに睨み合う。一方は不愉快さを前面に出した気怠げな視線、一方は憤怒に焼き焦がされ、煮えたぎる岩漿のような視線。
「——チィッ!」
ザロアスタは不意に舌打ちをして後方へと飛び退く、次の瞬間、彼の心臓があったであろう座標に、エリオスの足元から影の槍が幾本も現れる。ザロアスタはその殺到する槍を間一髪で回避して、シャールの下まで舞い戻る。
「ザロアスタ様!」
シャールは彼の名を叫ぶ。呼ばれたザロアスタは全身を震わせて再び剣を構える。
シャールはアメルタートを掴んで立ち上がろうとするが、その瞬間エリオスの冷たい瞳を見て、脚がすくむ。
「あ、ああ……」
——今はその時なのか? 今、ザロアスタと共にエリオスに挑んでいいのだろうか。二人でエリオスに勝てたのなら良し。だが、もし負けたら?
ザロアスタは剛勇で老成した騎士だ。その腕力も、戦闘技術も、聖教国で現役騎士団長を務めるだけあって凄絶だ。しかし、彼はあくまで普通の人間で、剣士だ。聖剣使いでも、魔術師でもない。
一方のシャールは、聖剣を使える。リリスの手解きで魔術だって少しは扱える。特に聖剣はザロアスタとの『対話』を経て、その力をさらに引き出すことができたと自負している。しかし、それまでだ。彼女自身の戦闘技術や聖剣使いとしての経験値は、エリオスと戦うには「お粗末」というのも烏滸がましいほどに低い。
そもそも、練達した聖剣使いにして、聖教国で最も高い地位にある聖騎士たるレイチェルすらも敗北し、ボロ雑巾のようになるまで玩弄されたのだ。そんな相手に、この二人で勝てるはずがない——必ず負ける。
そうなれば、エリオスは自分たちをどうするだろう。間違いなく、ザロアスタとレイチェルは殺される。
では、シャールは? 聖剣使いとしての価値があるとは言え、明確に彼に反旗を翻せば、彼も殺しはしないとしても、それなりの対応を考えるだろう——例えば、かつて彼の屋敷を攻めてきたレブランクの近衛騎士たる某貴族のように、四肢を削がれるかも知れない。
そうなれば、自分の役目は果たせなくなる——永遠に。
「——私、私も……私は……」
逡巡するシャールを見て、ザロアスタは小さく息を吐いた。そして、改めてエリオスに向き合いながら叫ぶ。
「——小娘ィ! 其方にもし、あの男の暴挙を咎める意思があるのなら、その聖剣でレイチェル卿を頼む!」
「え?」
「『萌芽』の理を司るアメルタート——聖剣の中でも最も多彩な権能を持つその剣は、壊すだけのものではないと言うことだ!」
そうザロアスタが叫んだ瞬間、彼の眉間に向けて黒い槍が飛んでくる。
しかし、その一撃はザロアスタの剣によって弾かれ、軌道が大きく逸れる。ザロアスタはエリオスを睨みつけたまま、不敵に笑う。
「なァに、壊すのは我輩に任せておけィ」