Ep.4-41
シャールはアメルタートを強く握りしめて振り上げる。ザロアスタはそれを見て、安心したような穏やかな表情を浮かべて目を閉じ、首を差し出す。
——これが彼のためなのだ。シャールはそう何度も何度も自分に言い聞かせる。
先程までは腕の一部のように不自由なく、軽く振るえたはずの聖剣がひどく重い。
シャールは聖剣の切先を中天へと掲げる。振り下ろせば、アメルタートの切れ味ならば、重力に任せて振り下ろすだけで太く筋張ったザロアスタの首さえも容易く切断できるのだろう。
少し振り下ろすだけだ。それだけで、彼を解放してあげられる。そうすれば——
「そうしたら——私は」
——どうなるのだろう。無抵抗の人間を殺めたという記憶がちらつくたびに、「彼が望んだから」「解放するためだった」と言い訳し続けて、生きていくのだろうか。自分はそれに耐え切れるのだろうか。
「あ、ああ——ああ……!」
怖い、怖い。シャールは想像してしまう。
斬り落とされたザロアスタの首、その断面から覗く骨や肉と、噴き出る血飛沫。血と肉の脂に穢れた聖剣の輝き。血に塗れた自分、聖剣で無抵抗の人間を斬り殺した自分、それに言い訳を重ねて納得しようと醜く足掻く自分。
脳裏に浮かんだ光景はいやに鮮明で、シャールの脳裏からはもはやその光景が焼き付いて離れない。
高く聖剣を掲げた腕から力が抜けていく。シャールはゆるゆると剣を下ろす。からんと軽い音が響いて、その両掌から聖剣が転がり落ちた。
「どういうつもりだ、其方——!」
顔を上げ唸ったザロアスタは、目の前の光景に目を剥く。彼の目の前でシャールは泣いていた。
膝から地面に崩れ落ち、肩を震わせて泣いていた。その姿に、ザロアスタは大きくため息をついた。
「愚かなことだ——」
「ごめんなさい、ごめんなさい……でも、私やっぱり貴方の願いを叶えられない」
シャールは嗚咽を漏らしながら、途切れ途切れにそう零した。そんなシャールの姿にザロアスタは鼻を鳴らす。
「——詫びの言葉など不要だ。愚かなのは其方ではなく、我輩の方だからな」
そう言って、ザロアスタは立ち上がりシャールに手を差し伸べた。シャールはその大きな掌に自分の白く細い指を重ねた。ザロアスタはその手指を掴みながら苦笑を漏らす。
「ふん、全く我輩としたことが——其方は聖剣使いである前に少女であったな……それに首を刎ねよとは……はは」
ザロアスタはそんな風に独り言ちながらシャールの手を引き立ち上がらせる。そして顎を摩りながら天を仰ぎ見る。
「しかし、はてさて……我が罪如何に贖うべきか。此処は一つ、良き崖でも探して……」
ザロアスタが真面目くさった顔でそんなことを宣っている最中、彼の背後から轟音が響いた。硬い何かが、大樹の幹にぶち当たり、大樹の枝葉が大きく揺れる。
シャールとザロアスタは思わず音のした方へと振り向く。そこには土煙が濛々と立ち込めていた。
次の瞬間、一陣の風が森を走り、立ち込めていた土煙を攫う。そしてその後には二つの人影があった。
顔面を血まみれにして、掠れた呼吸音を漏らす女騎士とその髪を掴んで跪かせる黒い少年の姿。
「あれ、君たちこんなところで何やってるの?」
少年の厭に楽しそうな声が森に響いた。
今夜は七夕ですので、久々に織姫と彦星が出会いました。
冗談です。