Ep.4-36
ザロアスタが迫ってくる。
シャールはそんな彼を見据えながら、聖剣を握りしめる。聖剣は未だにかつてのような輝きを帯びてはいない。だが、先ほどまでのような胸を掻きむしるような不安感——自分は聖剣から見捨てられたのではないかと言う疑念はシャールには最早無かった。
シャールは迫るザロアスタを見ながら、脳内にいつかの記憶——レブランクの王城の地下でリリスを助け出した時の記憶を呼び出していた。
——あの時の自分の行動を、言動を再現する。そうだ、あの時私は何をした? あの時、堅牢な石の壁を崩して道を開いた鍵は何だった?
「—— 萌芽の理を司る聖剣よ」
シャールは唄を口遊むように、その薄紅色の唇を微かに開く。その声は風に乗り、ザロアスタの耳にも届く。
「——ヌゥ……貴様ァ……!」
「…… 木の芽が石と土をかき分け光を求めるように」
「権能解放詠唱の真似事とはァ——片腹ァ痛いわァァ!」
ザロアスタは怒号を上げて、シャールに向けて剣を構えたまま突進してくる。その勢いにシャールは思わずたじろいだ。しかし、逃げると言う選択肢は彼女の脳内に浮かばなかった。
シャールはより一層聖剣を強く強く握りしめる。そんな彼女に向けてザロアスタは分厚く重い鋼のロングソードを片手で振り上げる
「まずはその口を潰さねばならぬかァ!」
「——私の道を切り開いて。アメルタート!」
ザロアスタの剣が振り下ろされたその瞬間、森の中を冷たく硬い音が響いた。
「——何ィィ?」
唸るような声で、信じられないという瞳で、ザロアスタは目の前の光景に動揺する。
その剣戟はシャールには届かない。彼の剣は止められていた——若草色の光を放つ白金の剣に。
「やっぱり、あなたは私を見捨ててなんていなかった——ごめんなさい、アメルタート。あなたを疑った私を許して」
歓びと後ろめたさ、そして安心感がないまぜになった複雑な色味を帯びた笑みをシャールは浮かべながら、自分の握る聖剣の輝きを瞳に映した。
アメルタートの輝きは、あの日地下牢で見たときよりも遥かに眩く見えた。
「何だ……どォういうことだァ……!」
ザロアスタは目の前の光景を理解しきれていないと言わんばかりに大きくかぶりを振って、目をしばたたかせる。
そんなザロアスタにシャールは告げる。
「貴方に示させていただきます。そして認めさせてみせます。私がこの聖剣を持つ者として不足がないことを」
「抜ゥゥゥかァァァせェェェィッ!」
ザロアスタは凄まじい咆哮を上げる。しかし、その響きは先ほどとは異質。先ほどまでの声は彼の絶対的信念に裏打ちされた鉄槌のような硬く重い響きだった。しかし、今は違う。混乱し、迷い、惑っている。それを勢いだけで突破しようという、乱暴な響きがしていた。
そんな彼の内心を見透かしながら、シャールはあえて煽るような笑顔を作って啖呵をきる。
「さぁ、ようやく対話の時間の始まりです——尤も、飛び交うのは言葉じゃなくて剣ですが!」