Ep.4-34
「この聖剣を握るのは私の意思、私の決意――罪だというなら私の罪です。全部全部私のもの。それを勝手に奪わないで!」
シャールの叫びにザロアスタは振り返る。その顔を見て、シャールはぞくりと背筋に怖気が走るのを感じた。その顔が恐ろしいほどに無表情だったから――瞳に色も光もなく、口元は閉じたまま。感情の色が抜け落ちたような真っ白な表情。
それでもシャールは怯まずに、彼を睨みつける。そんな彼女にザロアスタは額に手を当ててかぶりを振る。
「はあ……あの魔術師はなんと業の深い洗脳を施したのだ」
「――ッ! だから、私は」
「良い。もはや其方の言葉を聞くだけで我輩のはらわたは煮えくり返る」
ザロアスタはそれだけ言うと再びシャールに背を向けて歩き始めようとする。シャールはそんな彼に追いすがろうと、一歩を踏み出そうとした。しかし、それと同時にザロアスタが低い声でつぶやいた。
「しつこいぞ。全く、話の通じぬものと言うのは本当に厄介だ」
「――ッ! それは貴方のほうで……」
シャールの咎めるような声に耳を貸すことなくザロアスタは再び歩き始める。分かり切っていたことではあるが、やはり会話による相互理解は不可能だろう。あそこまで思い込みを極めてしまった人間、しかも彼はシャールの言葉の全てがエリオスによる作り物だと断じている彼が、もはやシャールの言葉をまともに取り合うとは思えない。
であるならば、言葉以外のナニカで彼を分からせるしかない。
どうすればいいのか――シャールには一つ考えていることがあった。うまく行くかは分からないし、もしかしたら逆に彼を激昂させるかもしれない。それでも、彼の目にちゃんと自分という像を映したいのなら、そうするしかないだろうとシャールは思う。
でもまずは、彼の目を自分に向けさせなくてはいけない。エリオスたちに向けられた虚ろな憎悪に囚われた彼の意識を自分に向けなくては。そのためには――
「――行かせてもらいます。ザロアスタ様」
小さくそう呟くと、シャールは握りしめた聖剣を振り上げてザロアスタの背に向けて跳躍する。そしてその剣を振り下ろした瞬間。耳をつんざくような金属同士のぶつかり合う音が森の中に響いた。
「――アア、本当に厄介な洗脳だ。厄介すぎて流石の我輩も腹立たしさを覚えるな」
ザロアスタの剣がシャールの一撃を受け止めていた。シャールの全霊を込めた一撃は容易く受け止められる。シャールは軽く舌打ちをしながらも、内心は冷静だった。仮にも異端を狩る、訴追騎士団の長がただの村娘に過ぎなかったシャールに後れを取るだなんて最初から思ってはいない。
ザロアスタは右手で握った剣を大きく振り払う。シャールの軽い身体は空中に大きく弧を描きながら地面へと着地する。そんな彼女を見ながらザロアスタはかぶりを振る。
「腹立たしさを覚えはするが、それは其方の罪ではない。ゆえに我輩は其方の魂を何としても救おうぞ――たとえ其方の肉を削ぐことになってもな」
「――?」
ザロアスタの言葉の意味を測りかね、シャールは困惑の表情を浮かべる。そんな彼女にザロアスタは白い氷河のような冷たい表情のまま告げる。
「四肢を削げば大人しくもなろう――我輩が救うのはその魂のみ。肉の器が満足しているかなどは些事である、か」
そう言って、ザロアスタはようやくシャールに向けて剣を構えた。




