Ep.4-30
レイチェルとエリオスの戦いが佳境を迎えていたその頃、シャールとザロアスタの戦いもまた新たな局面を迎えていた。否、ようやく始まったと言うべきか。
『お話、しましょうか——ザロアスタ様』
微笑みながらそう言い放った後、シャールは全霊を込めて大地を踏み締めて、ザロアスタに飛びかかった。アメルタートを振り上げて、一息に斬りかかった彼女の渾身の一撃。しかしそれは、ザロアスタの剣に容易く受け止められた。
「——ッ!」
「温ゥゥゥゥいッ!」
ザロアスタはそう吠えると、剣を思い切り振り払ってシャールを吹き飛ばす。シャールの軽い身体は、鞠のように跳ねて転がり、茂みを一つ二つ貫通して太い木の幹にぶち当たる。
背骨が軋むような、肺や心臓を大きく揺らす鈍い痛みにシャールは思わず咳き込む。
そんな彼女の隙を逃すまいと、ザロアスタは一瞬で間合いを詰めて彼女の脳天に向けて剣を振り下ろす。
「弾けろォォィ!」
「お断り、です!」
シャールはその斬撃を僅かに身体を逸らして回避する。シャールの髪をザロアスタの無骨な鋼の刀身が掠めた。シャールは身体の痛みに耐えながら、飛び退いてザロアスタとの距離をとる。
対するザロアスタはゆらりと体勢を立て直すと、地鳴りのような声で唸る。
「ォォ……何故ィ、何故だ……何故、我が温情を受けぬのだ……」
「温情——?」
「そうだ……異端者の辿る末路は知っていよう。拷問、拷問、また拷問。その罪を認めるまでの責め苦、そして異端者としての惨たらしい処刑」
シャールはザロアスタの言葉に僅かに表情を歪める。そんな彼女にザロアスタは続ける。
「嗚咽を漏らし吐き出してもなお水を飲ませ続けるか、真っ赤に焼けた鉄の靴をその白い足に履かせるか、爪を一枚一枚剥ぎ取り目の前に並べるか、四肢を削ぎ身体をズタズタに破壊してもなお死ねない生き地獄をくれてやるか——異端審問の拷問とはそういうものだ。そして処刑もまた、同様だ」
シャールはザロアスタの言葉に、異端と認定された者の末路を鮮明に想起させられる。そして、その途端に胃の奥がぐるぐると回り、かき混ぜられるような感覚に陥る。シャールは口元に手を当ててなんとかそれを押さえ込むと、再びザロアスタの方を見た。
その瞳は、相変わらず血走り狂気じみているものの、どこか誠実さのようなものを感じさせた。その複雑さが、シャールの瞳には空恐ろしいものとして映った。
そんなシャールの視線を受けながら、ザロアスタは続ける。
「しかし其方はまだ若いのだ……その魂ならば惨い処刑を経ることなく、神の御許へと召し上げられよう。故に、これが最後通牒だ。我が剣の露となれ——それが、罪を犯した其方に我輩が手向けられる唯一の救いなのだ……故に、この場で殺されてくれィ……!」
「貴方は……一体……」
声から伝わる感情の昂り、揺らぐ瞳の光。シャールはこの瞬間に直感した。目の前の老騎士は、心の底からシャールのことを思って言っているのだと。聖剣を「簒奪した」シャールに憎しみもあるのだろう、怒りもあるのだろう。しかし、彼の感情の中には同じくらいの比重でシャールへの憐れみが存在しているのだ。
そしてシャールは戦慄する。今更ながらに気づき、本当の意味で理解したから——この騎士が狂っているということを。