Ep.4-29
めちゃめちゃ遅れまして申し訳ありません
「極大消除魔法、限定展開——『限局:太極接触・混沌原初』」
エリオスの唇から密やかに呪文が紡ぎ出された瞬間、彼の差し出した掌の上の空間が一瞬歪む。そして次の瞬間、その歪みから暴風のような極光の奔流が溢れ出す。
その虹色の光は、エリオスの目の前に殺到していた鉱物の槍衾を一瞬で飲み込んだ。
やっとその光の濁流が空に解け消えた後、森だったはずのその場所は、岩も大樹も地面すら塵すら残すこともなく抉り取られていた。それはまるで巨大な獣がのたうちまわって、あたり一体を食い散らかしたかのようにも見える。
そんな様子を見て、エリオスは小さく舌打ちする。
「ううん……ちょっと威力が強すぎるなぁ、これ」
エリオスはそう言うと、自分の右手を握ったり閉じたりしてみせる。
『限局:太極接触・混沌原初』——エリオスがレブランクの軍団に襲撃を受けた時に、その指揮官であったアリキーノ子爵の指図により発動された純粋な破壊のためだけの術式。曰く、「極大消除魔法」。
彼が使ったのは、その威力を抑え、魔力消費量や展開時間さえも抑えた、まさしく限定的な消除魔法だったのだ。尤もその効果は彼の想像の範疇を超えていたのだが。
——なぜ、エリオスがそれを使えるのか。あの時、エリオスは『怠惰』の権能で異空間に逃れていて、その発動の瞬間を見てすらいないというのに。
その理由は、当然ながら彼の権能にある。
あの時、戦いの中で『暴食』により、この極大消除魔法を行使していた魔術師たちを、エリオスは喰った。
魔法や魔術の世界において「食べる」というのは、そのものの力や魂そのものを取り込み、手に入れるという意味合いがある。
故に『暴食』の権能で彼らを喰ったエリオスは、その知識や能力、そしてその身のうちや魂に帯びた魔力を自分のものとして取り込んだのだ。
それ故に、エリオスは見たこともないはずの魔術を使えるし、それを応用した魔術も編み出せるのだ。
「——さて、騎士様はどうなったのかなぁ」
エリオスはわざとらしく笑いながら、そう嘯いて辺りを見遣る。
そんな彼の声と視線に応えるかのようなタイミングで、彼の近くの茂みが揺れ、人影が飛び出す。
聖剣を振り上げたレイチェルだった。
彼女はエリオスの魔法から間一髪のところで逃れ、茂みに紛れながらエリオスの首を狙っていたのだ。
その目は血走り、息も絶え絶えだ。もはやなりふり構わない様子のレイチェルを見て、エリオスは笑う。
「はは、まるで獣だな——なら」
エリオスはそこまで言うと、レイチェルの振り下ろした聖剣をゆらりと避けたかと思うと、彼女の脚を払う。
「——ッ!」
勢いを殺しきれないレイチェルは、脚を払われたことでその身体を宙に浮かせる。エリオスはその隙を見逃さない。
「——『我が示すは大罪の一、踏破するは憂鬱の罪』!」
エリオスの足元から伸びた影の鞭が、宙に投げ出されたレイチェルの脚を絡めとり彼女を宙に逆さ吊りにして見せる。
宙吊り状態でもがくレイチェルに向けて、エリオスは笑いかける。
「獣なら、ちゃあんと屠殺してあげないとね」