Ep.4-26
まず先に仕掛けたのはレイチェルだった。今のエリオスを相手にするのに、まともにやり合うのは危険すぎると考えたからだ。まずは先手を取り、自分のペースに引き込む——そんな考えの下、レイチェルは身を屈めたかと思うと、一瞬でエリオスとの間合いを詰めて、聖剣でその身体を袈裟斬りにしようと斬りあげる。しかし——
「あは、速くて怖いなぁ……でも、今の私にはよく見えるよ」
レイチェルの渾身の剣戟が止まる。否、止められたのだ。レイチェルが全身全霊を込めて振り抜いたはずの聖剣は、エリオスの右手の指に摘まれて止められていた。
こんなことがあり得るのかとレイチェルは眼を瞠る。例え『嫉妬』の権能で動体視力が強化されていたとして、高々二本の指で女とはいえ神殿騎士の長たる自分の剣戟が止められてしまうなど。レイチェルは絶望の色を一瞬滲ませながら、歯を食いしばる。
「馬鹿な——ぐっ!?」
次の瞬間、聖剣が大きく弾けるように振動してレイチェルの身体は後方へと吹き飛ばされる。聖剣によるエリオスへの「拒否反応」。鎧を纏ったレイチェルの身体は後方の大樹に叩きつけられる。
対するエリオスはその場に立ったまま、泰然としている。体幹すらも強化されているのだろうか。
「それじゃあ今度はこっちからやらせてもらうよ、騎士サマ」
そう言った瞬間に、エリオスがレイチェルの視界から消失した。レイチェルは木に打ち付けられた状態から、体勢を立て直して辺りを見渡す。しかし、エリオスの姿はない。まさか、逃げた?
そんな疑念が脳裏をよぎるのと、彼の声が響いたのはほぼ同時だった。
「——上だよ」
その声につられてレイチェルは空を仰ぐ。その視線の先には大きく跳躍し、握りしめた拳を全霊を込めて突き出さんと身体を大きく弓のようにしならせるエリオスの姿があった。
レイチェルは聖剣を構え、自分が打ち付けられた大樹を背にしながら迎撃の姿勢を取る。しかし、ふいに怖気のようなものが背筋を走った。このまま真正面から打ち合ってはいけないと、本能が告げていた。
「——ッ!」
エリオスの拳が突き出される寸前、レイチェルは強く地面を蹴って、右手側へと回避行動をとった。それと同時にエリオスの拳が彼女の首のあった座標に、彼女の髪を掠めて打ち込まれる。
エリオスの一撃を回避した彼女の背後で空気が揺れる。ずんという大きな音が響いて、次の瞬間に硬く乾いたものが折れ砕ける無機質な断末魔が彼女の鼓膜を掻きむしるように揺らす。
続けて響いた轟音に、レイチェルは背後を振り向く。
そこには、ちょうどレイチェルの頭があったのと同じ高さから、ぱっくりと口を開いたように大樹が折れていた。
「——な」
レイチェルは絶句する。先程、弾き飛ばされたレイチェルを、重厚な鎧を纏っていた彼女が思い切り叩きつけられてなお、びくともしなかった大樹が彼の細腕から繰り出された一撃で、倒れてしまったのだ。
その破壊力はもはやレイチェルの理解の範疇を超えていた。
姿は自分よりも背が低いくらいの華奢な少年なのに、その姿から繰り出される攻撃はもはや巨大な怪物にも引けを取らない——そんな言葉にするのも馬鹿らしい状況に、レイチェルは吐き捨てるように諦観じみた乾いた笑いを溢しながら言った。
「はは……いやはや……これは反則よね……」