Ep.4-25
「嗚呼、さっきのは随分と屈辱的だったよ。劣等感で死にたくなるくらい――嫉妬しちゃった」
嫣然と嗤うエリオスに、レイチェルは身の裡から湧き上がる戦慄をなんとか押し殺して、努めて無表情に対峙する。それでも、鼓動は他人にも聞こえそうなほどにバクバクと脈を打っている。
口を開けば心臓が飛び出てきそうな緊張状態の中、深く息を吐いてからレイチェルは、恐る恐る口を開いた。
「笑えない……冗談だ」
心臓が飛び出ることは流石になかったが、その声は彼女の意思に反して震えていた。それでも、レイチェルはその両手で強く聖剣シャスールを握りしめ、その刀身を額にそっと当てる。冷たい感触が流れ込み、緊張で強張った身体に染み渡っていく。これは、レイチェルにとって大事な戦いの前のためのルーティーンだった。
レイチェルは一呼吸置いてから、その剣を構え直して切先をエリオスに向ける。
「まだ戦うの? ここで降伏すれば命だけは——」
「助ける気などないだろう? 貴殿には」
エリオスの言葉を遮って、レイチェルは皮肉っぽく笑ってみせる。そんな彼女にエリオスは僅かに驚いたような表情を見せたが、すぐにくすりと吹き出しながら底意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「まあね。でも今降伏すれば、楽に殺してあげられるよ? 一息で首を刎ねてもいいし、脳天をぐしゃりと潰してあげてもいい。魔術で消しとばしてもいいかもね」
くすくすと笑いながらエリオスはそんなことを言う。『暴食』の反動からか足元はまだふらついているように見えるが、すでにその身体は戦闘するには十分なほどに回復しているように見えた。
——能力の向上。それが『嫉妬』の権能であると言うのなら、おそらく彼はレイチェルの「生命力」だとか「体力」言われるモノまでも自分のものとしたのだろう。それが結果的に彼の回復につながったというところだろうか。
結果として、自分の振る舞いや自分自身の力がこの状況を引き起こしていると言う事実に、レイチェルは苦虫を噛み潰したような顔をする。
そんなレイチェルの顔を愉悦に浸った顔をしながら眺めるエリオスはさらに言葉を続ける。
「でも、もし万が一君がまだ私と戦うと言うのなら、楽には死なせないよ? そうだな……四肢を削がれ眼をくり抜かれてから、肉を少しずつ削られていくかもね。薬品を投与されながら甚振られ、自分の大切なものが壊されていく様を見せつけられるかもしれない——嗚呼、これはハッタリじゃないよ? だって私はこれを現実にやったからね。嗚呼、君にはどんな処遇が相応しいだろう……ねぇ、どう思う?」
エリオスの言葉の一音一音の響き。それらは、まるで呪詛が込められているかのようにレイチェルの胸の内を掻きむしる。魂を舐るような言葉。
それでもレイチェルはその白金髪を揺らすように、大きくかぶりを振ってみせる。
「降伏はしない」
「ふぅん、惨たらしい末路がお望みとは……君、見た目に反して相当なマゾヒスト? それとも……」
「貴殿と戦い、そして勝つ——!」
エリオスの言葉を遮ってレイチェルはそう吠える。そんな彼女の言葉に、エリオスは片眉を上げて嗤う。
「相当なお馬鹿さん、かな?」