Ep.4-24
「何を……したのですか、貴殿は」
レイチェルは震える声で目の前でひらひらと手を振るエリオスを睨みつけた。先程まで産まれたての子鹿にも劣るような弱り方をしていた少年と同一人物とは思えない。
——『暴食』の反動が治った? だとしてもこんなにすぐに、回復することなんて……
動揺しながらも、レイチェルは努めて冷静にエリオスを観察する。
エリオスの両手首からぶら下がるのは引きちぎられた手錠の鎖。彼の足元で砕け散った鉄のかけらを見るに、切断されたのでは無く、凄まじい力で破壊されたようだ。
——あの少年にそんな力があるのか? あんな少年の細腕にそんな力があるはずがない。ではどうして——
「それも貴殿の権能か……?」
レイチェルが探るような目でそう問いかけると、エリオスはにんまりと笑ってみせる。
「その通り、これぞ九つの罪業、その結晶たる権能のうちの一つ——『嫉妬』」
「嫉妬……」
復唱するレイチェルに、エリオスはさらに言葉を続けて上機嫌に、愉快そうに説明する
「——他者が持っていて、己が持っていない優れたナニカ。それを欲してやまない渇望、そしてそれを持つ者への憎しみ……人間の浅ましくて、下劣な感情だ。そんな感情に囚われて、人は多くの他者を陥れたり、足を引っ張ったりしてきた。それを昇華したものがこの権能」
エリオスは自分の手にはめられた手錠の残骸をいじくりまわしながら、舐るような視線をレイチェルに投げた。その瞳に、レイチェルは思わず身震いする。かつて、対峙してきた悪党や怪物よりも恐ろしいモノを少年の瞳に感じていたから。
エリオスはそんな彼女を恍惚の表情で見ながら続ける。
「ではその権能、『嫉妬』は如何なる力なのか。これは君に見せた『暴食』や『憂鬱』とは違って、何か外形的にその権能が立ち現れるものではない——私自身を強化するものなのさ」
「強化?」
「そう。相手の優れた技術、能力。即ち私が相手に劣る要素を、一時的に相手と同格かそれ以上に強化する。羨んだモノを自分の手に収める——それが『嫉妬』の権能だ。加えて、私が相手に対して感じた劣等感は更に私の力を底上げしてくれる」
そう言ってエリオスは、左手首についた手錠の残骸、黒くて重厚な鉄の輪を右手の指先で摘んでみせる。そして彼が少し力を入れた途端、手錠の残骸は砕け散り無残な欠片となり果てた。
それを見て、レイチェルは彼の言葉が嘘ではないことを理解する。そして彼女は震える唇を開いてうわごとのように言う。
「馬鹿な、そんな権能……そんなモノがあるのなら……貴殿は」
——無敵ではないか。
だってそうだろう。自分より優れた者を相手にしても、その権能を使えば一時的とはいえ、相手よりも優れた存在になれるということ。
つまり、どんな絶望的な力の差があるモノを相手にしたとしても、その力の差で以って敗北することはあり得ないということだ。
そしてレイチェルはこの瞬間理解する。今、自分が絶望的な状況にあることを。レイチェルのその顔に、冷静さを保ってきたその顔に恐怖の色が現れる。
それを見てエリオスは口元を押さえながら、甚振るような視線を投げて嗤う。
「嗚呼、さっきのは随分と屈辱的だったよ。劣等感で死にたくなるくらい——嫉妬しちゃった」
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