Ep.4-22
「貴殿は……弱いな」
レイチェルの言葉に、エリオスは一瞬呆気に取られたように全身を硬直させる。
何を言われたのか、目の前の女が自分に何を言ったのか、まるで理解ができないというような顔だった。
それでも数秒経つと、エリオスは正体を取り戻してレイチェルを睨みつける。
「は……ァ? 何言ってるのかな、君……未だに、この私に……傷一つつけられてない君が……この私に……向かって、弱い? はは、ご冗談……」
「確かに貴殿の力は凄まじい。その『暴食』の権能など相手が聖剣使いでなければ、負けの目など普通はあり得ないだろう」
「——じゃあ……何? 聖剣持ってるからって……悦に入ってる、ワケ? 馬鹿に、しないでよね……私は」
「いいや。貴殿の権能なら、例え聖剣使いが相手だろうと十分に勝てる——だが、それはあくまで『道具』の話だ」
その言葉に、エリオスは全身をびくんと震わせた。その途端、不意にエリオスの脚から力が抜けて、エリオスはその場に崩れ落ちる。
そんな彼の方へとレイチェルは聖剣を構えて歩いてくる。エリオスはそんな彼女に向けて、影の槍――『憂鬱』の権能を発動するが、そのことごとくが聖剣シャスールの前に砕かれて、彼女の歩みは最早止まらない。
「――ここまでだ。エリオス・カルヴェリウス」
その言葉と共に、聖剣の刃がエリオスの首筋を掠めるように突き出される。もし、エリオスが妙な動きをしたのならその瞬間に首を刎ね飛ばせるような状況。
そんな絶体絶命の窮地にありながら、エリオスはまっすぐレイチェルを見つめていた。
「一つ、聞きたいんだけど。いいかな」
「よろしいでしょう。貴方は先ほど私の問いに答えた。然らば私も答えましょう」
「ふふ、馬鹿正直なことで……じゃあ質問。さっきの言葉の意味、教えてよ」
年相応に子供っぽい声で、エリオスは問う。
そんな彼の言葉に、レイチェルはわずかに表情を歪めながら答える。
「――貴殿は戦いに慣れていない。ただそれだけだ」
「……私はもうたくさんの人間と戦ったよ。そしてその悉くを殺してきた」
「そうでしょうね。でも、それは戦いではない。ただの殺戮だ――絶対的で、一方的な。貴殿は本当の戦いを知らない、戦場での一瞬一瞬の駆け引きを、計算を知らない。だから、そんな多大な副作用を持つ権能を馬鹿みたいに展開し続けた」
「――ッ!」
エリオスはレイチェルの言葉に唇を噛んだ。
確かにそうだ。エリオスは今まで、その権能で多くの人間を屠ってきた。一方的に、圧倒的に。それゆえに、その権能のみに依存し、その場その場での戦術などに思考を巡らす必要が無かった。
その結果が、このザマなのだろう。『暴食』の権能が通じない苛立ち、牽制のためとはいえ他の選択肢を考えることなく、思考停止に陥っていたのだ。
「嗚呼、なるほどね――そういうこと……そっか、そういうのもあるんだね。知らなかった……ふふ、勉強になるなぁ」
そんなエリオスのうわ言じみた言葉を気に留めることなく、レイチェルはエリオスの首筋に聖剣を向けたまま慎重に彼の背後に回る。
「弱くはあるが、それはそれとして貴殿の権能は危険すぎる。前言を翻して悪いが、貴殿を捕縛、拘束させてもらう」
そう言ってレイチェルは素早くエリオスを取り押さえて、彼を地面に組み伏せる。エリオスは抵抗すらしなかった。ただ、うわ言のように何か呟いているだけ。そんなエリオスを不気味に思いながらも、レイチェルは腰にぶら下げた捕縛用の手錠をエリオスの後ろ手にはめる。
そんな中でもエリオスは抵抗することもなく、壊れたように静かに笑っていた。
「あは……強いなぁ、騎士様……ふふ、あはは……いいなあ……嫉妬、しちゃうなあ……ふふ」
そう言って、エリオスは地面にうつぶせにされたまま口の端を吊り上げた。