Ep.4-20
一方その頃、エリオスとレイチェルの戦いも続いていた。
エリオスは自分の周りを吹き荒ぶ黒い風、『暴食』の権能を操り、四方八方からレイチェルにぶつけようとする。しかし、レイチェルは凄まじい速度で聖剣シャスールを振るい、それを切り裂いていく。
切り裂かれた黒い風は、聖剣の黄金の輝きに融けて消えていく。
状況は持久戦の様相を呈していた。エリオスの『暴食』の権能はレイチェルに打ち払われ続けて彼女に届くことはないが、対するレイチェルもその集中力を下手に割けばすぐに黒い風に四肢を食いちぎられることが分かっている。だから、エリオスの下に駆け寄って、彼を斬ることは出来ない。
そんな激しい膠着状態の中で、不意にエリオスの身体が揺らぐ。
「——う……ぁ……」
——目眩がする、気持ち悪い。足元が覚束ない。
エリオスは目元を手で押さえながら、嗚咽を漏らしてその場に崩れ落ちる。それと同時に彼の周りに展開していた『暴食』の黒い風が消えた。
その隙を、神殿騎士の長たるレイチェルは見逃さない。
大地を蹴り込み、一息でエリオスの眼前に迫る。エリオスはそれを前にしても動かない——否、動けない。胸を掻きむしるように押さえ、嗚咽を漏らしながら全身を震わせている。
あと一歩で間合い——そうレイチェルが思った瞬間、彼女の耳に音が響く。
「うァ……ァァ……『我が示すは……大罪の一……! 踏破するは……憂鬱の罪—— 私の罪は……全てを屠る……!』
息も絶え絶えという様相で、エリオスは嗚咽混じりに呪詞を吐き出す。その瞬間、崩れ落ちたエリオスの影から、レイチェルに向かって黒い影の槍が数十本が伸び出して、その矛先がレイチェルを捉える。
「——ッ!」
レイチェルは踏み込みかけた身体を翻して、大地を蹴って後方へと飛び退き、体勢を整える。
迫る影の槍、しかしレイチェルは落ち着いて一刀の下にそれらを打ち払う。影の槍は、聖剣の輝きに中られると、ボロボロと消し炭のように崩れ落ちて、霧散する。
エリオスはそれを見ながら小さく笑った。
「あは……なぁんだ、傷一つつけられなかった……やっぱりその聖剣、私とは……相性が良くないのかな……」
エリオスはそう言いながらからからと笑ってみせる。しかし、その顔は酷く青ざめていた。そんなエリオスの表情を見ながら、レイチェルは冷たい視線を投げる。
「——貴殿は未だ私に傷をつける術を見出せていないようだ。だが私は、貴殿との戦い方に一つの学びを得た」
「へぇ……聞いてみたいな……まあ、分かり切ってはいるけど……」
皮肉っぽく笑うエリオスだが、その声はどこまでも弱々しい。そんなエリオスの言葉に応えるように、レイチェルは口を開く。
「——貴殿のその力、あらゆる魔術体系から外れた権能。魔力消費を伴っているようにも見えないことから、無限に戦い続けられるのかとも思ったが、そうではないのだろう?」
レイチェルの問いかけにエリオスは答えない。ただレイチェルを睨みつけている。そんなエリオスに、レイチェルは冷然と告げる。
「その力、使うほどに貴殿の心身を削っているのだろう?」