Ep.1-15
黒い城の中をシャールは、リリスの手を引いて走っていた。
何としてでもリリスだけは逃がさなくては、与えられた役割を果たさなければ――たとえ自分の命に代えても。
走りながら、シャールはちらと後ろの方を振り返る。
廊下の向こうからは何者も追ってきてはいない。ただ幽かに、剣戟の音が聞こえてくるような気がした。
「――アグナ‥‥‥ルカント様‥‥‥ミリアぁ‥‥‥」
幼子のように泣きじゃくるリリスの口から、仲間たちの名が漏れ出る。そんな彼女の弱弱しさは、シャールを悲痛な気分にさせる。彼女は――リリスはこんな風に弱さを他人に、少なくともシャールなどに見せる人間ではなかった。強く、美しくあった彼女の姿、そして彼女をそう振舞わせた絶対的な自信――その全てがあの魔術師にへし折られてしまったのだ。
「――外に出ます」
シャールは短く告げる。
城門は開いたままだった。跳ね橋も下りたまま、あの魔術師は自分たちが逃げることを、別段気に留めていないのだろうか。跳ね橋を駆け抜け、外へ出た瞬間――
「ちょうどいいタイミング、だったかな?」
喜色を孕んだ声が背後から響いた。振り返るとそこに、エリオスが立っていた。城門の向こう側に静かにたたずんで二人を舐るように見ていた。その右手には何かを引きずっているのが見えた。
「――ッ」
「忘れ物だよ、お嬢様方——」
エリオスはそう言うと、右腕を振りぬいて引きずっていたものを彼女たちの眼のまえに投げつける。どさり、ぐしゃりという音とともに着地したそれは、ごろごろと二、三回転してリリスの目の前に横たわった。
「あ、ああ‥‥‥ああああああ!」
リリスが悲痛な叫び声をあげる。シャールはその声につられて、ちらと投げつけられたソレを見て絶句する。
それは、ミリアだったはずのもの――四肢はズタズタに引き裂かれ、全身傷だらけ。何より目を引くのは、その苦悶を刻まれた顔だった。彼女の顔には両目が無かった―――両方の眼球があったはずのところには、ぽっかりとした洞が二つ開いているだけ。その洞からは、幾筋もの血涙の跡が流れている。
「ミリアミリアミリアミリア‥‥‥」
リリスは泣きながら彼女の名を繰り返し呼んだ。しかしミリアは応えない、いやもはや応えることなどできないのだ。
「――彼女、頑張ってたよ? 最後まで、ね。全身を刻まれても、目を抉られても、悲鳴を上げることもなく、命乞いすることも無く」
エリオスは静かに笑った。
彼の言葉通り、ミリアは泣きわめいたりすることもなく死んでいったのだろう。彼女の強く食いしばられた口元が彼女の最後の奮闘を物語っていた。
「さて、彼女の健闘には敬意を表したいところではあるんだが‥‥‥とはいえ、目の前で獲物がだらだらとしているのを見送るってのは、悪役っぽくないよなあ?」
エリオスはそう言って、射竦めるようにリリスの方を見た。




