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Ep.4-16

「あ、私——お墓を……」


ザロアスタに追われているというのに、シャールはその場に跪いて、自分が蹴ってしまった墓跡を見る。感情がぐちゃぐちゃになっているからか、現実から目を背けた、或いは遊離してしまったような感覚だった。

リリスが削り出し、碑文を彫った墓石。シャールが蹴ったそれはルカントのものだった。

シャールは傷がついていないか、その細い指を石板の上に滑らせながら確認する。


そしてふと思う。やはりルカントも、自分のことを聖剣の所有者として認めていないのではないかと。ザロアスタの言うように、自分のことを「薄汚い簒奪者」だと思っているのではないかと。そんな被害妄想じみたことを思ってしまう。


——そうだ、きっとアメルタートがシャールに応えなくなったのはそれが理由なのだ。

ザロアスタの言葉で、シャールは気付いてしまった。自分がいくらルカントの意思を継ごうと決意しようと、いくらエリオスを仇として憎もうと、結局のところ自分はルカントの死に乗じた簒奪者に過ぎなくて、そんな決意や憎しみは全部後付けの、自己肯定の手段でしかないのだ。


それでも、アメルタートは今までシャールの求めに応えてくれていた。それはきっと、聖剣を握るシャールの姿が、そんな卑しい自己肯定の手段に支えられた虚像であったとしても、それをシャール自身が盲信できていたから。清く正しいモノと夢想できていたから。そんな自分の愚かな純粋さに、アメルタートは力を貸していたのだろう。


しかし、それは揺らぎ崩れ落ちた。

自分自身がアメルタートを持つことに疑いを抱いているから、聖剣に認められた自分という像を信じることが出来なくなったから。

結局のところ、アメルタートがシャールに応えないのではない——シャールがアメルタートの求めるモノを持ちきれなくなってしまったのだ。


きっと、昨日までのように馬鹿みたいに自分には聖剣を持つ資格があるのだと信じきれれば再びアメルタートはシャールに応えてくれるのだろう。

でも、シャールにはもうそんなことは出来ない。ザロアスタの言葉に自分の本当の姿を突きつけられてしまったから。

信じたくないし、そうあって欲しくはないけれど——「薄汚い簒奪者」それが本当の自分だと気付かされてしまったから。


「あはは……リリス様に言ったことが、こんな風に返ってくるなんてなぁ……私、本当馬鹿みたい」


人間は自分のことが一番分からない。自分自身のことだからと、誰よりも分かっているつもりになっているからこそ——嗚呼、全くお笑い種だ。

あんなに自信満々にリリスに語っておきながら、自分だって分かっていなかったんじゃあないか——側から見れば、自分は死者のモノを奪い取った恥知らずだ。

リリスも本当は、こんな自分を見て内心呆れていたんじゃないだろうか。


「——嗚呼、もう。私……」


ザロアスタの足音と唸り声が次第に近づいてくる。にも関わらずシャールはそこにへたり込んでしまう。

どうすればこんな薄汚い自分は、その愚かさの罪を償えるのだろう。ザロアスタの刃に掛かればいいのか。否、それでは足りない。彼に殺されるにしても、その前に何かを——


「あ、ああ……そうです、よね……まずは、盗ったものは、返さないと……」


シャールはそう呟いて、聖剣を杖のようにして立ち上がると、両手でその柄を握りしめる。


「ルカント様、お返し……します……申し訳、ありませんでした……」


シャールはそう呟いて、力なく聖剣の先をルカントの墓石の前に突き立てる。震えるシャールの手でも、アメルタートは柔らかい土を切り裂いて、樹が根を張るように深く深く刺さっていく——そう思っていたのに。


「え——?」


硬い何かが土の浅いところでアメルタートの切先を止めた。今のシャールの力では、アメルタートをそれ以上深く刺すことができない。

シャールは、不意に何かに駆られたように、しゃがみ込んでアメルタートを刺した地面を掘り返す。

ルカントの墓の中、土の下にあったのはシャールの見覚えのない、小さな傷のついた真新しい石板だった。


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