Ep.4-14
エリオスは森の中をゆったりと歩いていた。
木々の合間を縫うように、踊るようなステップで歩いていく。お目当ては決まっている――あの聖騎士だ。木の枝を踏み折る音を気にも留めずに、エリオスは進んでいく。そんな彼が、不意にその歩みを止めた。エリオスの視線の先、木々の間の暗がりに、白い鎧がぼんやりと、黄金色の光を受けて浮かび上がっていた。エリオスはわずかに苦笑を漏らした。
「さすが騎士殿――頑丈だね」
「そちらこそ。淑女に対する扱いがずいぶんとお上手なことで」
エリオスはレイチェルの皮肉たっぷりな返しに面食らったように一瞬言葉を詰まらせるが、すぐにその表情には笑みが戻る。
「なんだ、君意外と面白いじゃないか。ふふ、気に入ったよ」
「それは何よりです。ちなみに、気に入ったついでに私と同行してくださる気になったりはしましたか?」
「ふふ、やぁだ——それとこれとは話が別さ」
「まあ、そうでしょうね——そういう人なのでしょう? 貴方は」
レイチェルの言葉にエリオスは僅かに眉を顰めるが、すぐにニマニマとした余裕たっぷりの笑みに戻って、改めてレイチェルと対峙する。
「さて、私はこのまま君を殺すけど。抵抗したければご自由に。できるものならね」
「……いいでしょう、やってみなさい。貴方に出来るのなら」
「……ホント、君意外と面白いね」
眉間に僅かに皺を寄せながら、エリオスは苦々しくそう言い放った。レイチェルは剣を構えたまま、じっとこちらを見据えている。
「じゃあ、一呑みにしてあげようか——『刮目せよ、眼の眩むほど‥‥‥賛美せよ、燃ゆる罪業を‥‥‥眼を背けても‥‥‥忘れず刻め』
ゆっくりと、エリオスは権能励起の呪詞をつむぐ。レイチェルは聖剣を握りしめたまま、それをただじっと見据えていた。
そんな彼女にエリオスは小さく舌打ちしながら、詠唱を続ける。
「『我が示すは大罪の一、踏破するは暴食の罪—— 私の罪は全てを屠る』」
最後の一音を紡いだと同時にエリオスの周囲を黒い風が吹き遊び始める。エリオスはそれを確認すると、右手の指先をついとレイチェルに向けて指す。
「——いただきます」
舌なめずりしながら、エリオスがそう言った途端彼の周りに展開していた黒い風が、エリオスの指先の指揮に従って真っ直ぐに、凄まじい速さでレイチェルの方へと空を駆ける。
エリオスは嫣然とした笑みを浮かべた。しかし——
「聖剣開帳、『晶析のシャスール』。大権能、限定開放——星の牙よ、我が敵を喰らえ」
黒い風の轟音の中、凛然とした声が響いた。次の瞬間、強く眩い黄金の光が黒い風の衾を切り裂いた。
エリオスはその光景に思わず息を呑む。
暴食の権能は打ち払われ、宙空にて霧散する。
光が闇を払う——神話的光景にも思える舞台の中心で、神殿騎士レイチェルはその黄金に輝く聖剣の切先をエリオスに向けた。
「ご馳走は、お預けさせていただく。エリオス・カルヴェリウス」
冷たく厳かな声でそう言うレイチェルを、エリオスは忌々しげに眉根を寄せながら嗤う。
「ホント、私好みの性格してるよ。君」