Ep4-8
「私の名はレイチェル・レオンハルト。アヴェスト聖教国神殿騎士団の長にして、偉大なる最高巫司様の一の従僕——そして、この度のレブランク王国崩壊の経緯を探るべく使わされた者だ」
女騎士――レイチェルの言葉に、アリアとシャールの背筋がびくんと跳ねて緊張が奔る。
レブランクの騒乱について、なぜ神殿騎士たちが隣国のベルカ公国、しかもその辺境にある森の中に来ているのか。決まっている――あの騒乱の原因がエリオス・カルヴェリウスであること、そして彼がこの森に居を構えている事もすでに彼らの知るところとなっているのだ。
そして今、彼らは自分たちをエリオスの関係者として疑っているのだろう。
動揺を押し隠すシャールたちをよそに、壮年の黒騎士が口を開く。
「我輩の名はストラ・ザロアスタ。アヴェスト聖教会の教義聖典官、異端審問局付訴追騎士団長――などという長ったらしい肩書を統制局長より仰せつかっている身だ。まあ、役職なんぞは覚えなくてもよろしい。名前だけでも覚えてくれ! ははははは!」
豪快にそう言って笑う黒騎士ザロアスタ。しかし、シャールはその肩書を聞いた途端に全身を硬直させる。そんな彼女の様子に気付いたアリアは、何事かと言いたげな視線をシャールに投げる。シャールは、唾をのんで呼吸を整えながら、アリアの耳元に顔を寄せる。
「――異端審問局は、アヴェスト聖教会に異端として認定されたものを処断する部署です。その中でも特に訴追騎士団は、異端審問の実行部隊で異端の捕縛と、尋問や断罪を行う人たちの集まりなんです」
シャールがそう伝えるとアリアは目を細めてザロアスタを見た。豪放磊落な笑い声、快活で人懐っこさすらある性格――しかし、その裏にはどのような感情や思考が渦巻いているのか。それをそうぞうするだけでも恐ろしい。
そんなシャールたちの視線を意に介することもなく、ザロアスタは問いかける。
「ところでお嬢さん方はどこに住んでいるんだね? この森の先には村なんてないと聞いているが」
「それは……」
シャールが言葉に窮するのを見て、ザロアスタは一瞬その眼光を鋭くしたが、直ぐに柔和な表情にその顔を戻して言葉を続ける。
「ああ、我輩としたことがいきなりお宅を聞くなんて無礼が過ぎたな。では、質問を変えよう。我々は、レブランクを騒乱の只中に叩き落した魔人の居場所を探していてな。その名はエリオス・カルヴェリウスというらしい――聞き覚えはあるかね?」
「知らない」――そう答えればいいはずなのに、シャールの唇も舌も、彼女の思考に従うことは無かった。まるで、本能で目の前の存在に噓は通用しないと理解し、諦観しているかのようだった。そんな中、アリアは小さくため息を吐いて、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「聞き方が露骨なのよ――ねえ、おじさん。質問、何も変わっていないんじゃなくって?」
そんなアリアの言葉に、ザロアスタはその口の端を吊り上げて、歯をむき出して笑った。その顔は獲物を目の前にした肉食獣のようで、先ほどまでの快活さとは打って変わったその凄絶かつ愉悦に満ちた表情に、シャールは全身が身震いするのを感じた。アリアもまた、緊張感に奥歯を噛み締める。
そんな二人に、ザロアスタは応える。
「ハハ、嬉しいじゃあないか――そうとも、異端たる罪人は我輩の前に出たら、そんな風に素直じゃなくちゃあいけない」
そう言って、ザロアスタは腰に下げた剣の一本を抜き、地面に突き立てて笑った。