Ep.4-2
森の中を細く走る道を、御者のいない黒い馬車が走っていた。タールを塗られたような黒光りする車体を引くのは、これまた真っ黒な馬が二頭。いずれも、骨と皮ばかりのような瘦せこけた身体をしているが、その脚力は見た目にそぐわず強力で、すさまじい速さで森の中の道を駆け抜けていく。
アリアによれば、この馬はエリオスが拾った馬の死骸を基に作られているらしい。馬の骨に魔力を込めて、命令式を刻み込みそれに簡単な肉付けを行って作り上げたのだという。死霊魔術の一種なのかとも思ったが、どうやら単に道具に魔術的効果を付与する術式と大差ないのだという。
「――ま、難点なのは館と街との往復にしか使えない事よね」
悪路を跳ねる馬車の中で、アリアはそう言って肩を竦めた。
どうやら、街に買い物に行きたい、でも重い荷物を持って歩いて帰りたくないなどとごねるアリアのために、本当にただそれだけのためにエリオスが作ったものらしく、彼らには館と街を繋ぐ道以外を奔ることはできないらしい。実質的には坑道のトロッコのようなものなのだろうという風にシャールは理解していた。
「――まださっきの話が気になってるのかしら?」
馬車の中で黙りこくっていたシャールにアリアが問いかけた。
正直なところ、石や木の根でぼこぼこしている道をすさまじい速度で駆け抜けることによる馬車の上下動に、酔っていただけなのだがその話も気になってはいたので、シャールはとりあえずこくんと頷く。
アリアはそんなシャールに対して深めにため息をつくと、馬車の前方の窓を軽く叩いた。すると、馬車の速度が落とされ、同時に揺れも落ち着いた。
「このままだと話しづらいし、ちょっと帰宅が遅れるけど、まあいいでしょう」
そう言うとアリアは悠然と足を組み、じっとシャールを見つめた。「話したいことがあるならさっさとアンタから話しなさい」——きっとそんな風に思っているのだろう。その瞳は雄弁だった。
そんな視線の圧に耐えかねて、シャールは気持ち悪さを押しこらえながら話し始める。
「レブランクに、聖騎士様たちが入ったって言う話、でしたよね——」
「そんな話だったの。まるで聞いてなかったわ。それで、それがどうかしたの?」
本当に興味無さそうにアリアはそう言い放つ。シャールはそんな彼女の態度に一瞬微妙な表情を浮かべたが、すぐにそれを胸の奥にしまい込んで話を続ける。
「あの人の所業に、聖教会が動いたってことですよ? いつか屋敷に聖教会の騎士様たちが検分に——或いは討伐に来るんじゃないかって」
「アンタはそれが怖いの? ——こう言うのは癪だけど、ただの人間の騎士ごときが何人集まろうと、アイツは負けない。ただアイツの餌になりに来るようなものよ。それとも、アンタはそんな殺戮が起きること自体が怖いのかしら?」
アリアは嫣然と、シャールの心を舐るように笑った。その笑い方がひどくエリアスと似ていたので、シャールは思わずむっとした表情を浮かべるが、アリアはそれを見てさらに愉しそうに笑う。
シャールは深めのため息を吐いてから、努めて冷静に告げた。
「アヴェスト聖教会を敵に回したらダメです。彼らを敵に回すということは——世界の全てを敵に回すってことなんですから」




