Intld.Ⅱ-xxii
リリスがエリオスの館に滞在し始めてから、二週間ほど経ったある日のことだった。
「そろそろ、お暇させていただきますわ」
リリスはふいにそうシャールに告げた。夕食中、シチューを食べていた時のことだった。
突然ではあった。しかし、意外かと問われればそうでもない。リリスの傷は随分と癒えてきていた——それは、肉体的にも精神的にも。
髪や肌、瞳にも潤いと艶が戻り、牢獄の中でのトラウマに夜に魘されることもほとんどなくなった。
それどころか、ここ一週間ほどは、リリスは魔力量の少ないシャールでも扱える簡単な魔術や、聖剣を使う上での魔力の扱いに関するレクチャー、ルカントから伝え聞いた聖剣やその由縁に関する知識を与えた。十分な回復ぶりだと、シャールも感じていた。しかし、それを感じるのと同時に、シャールの中では寂しさが募り出した。
回復するまでの滞在を許す——館の主人であるエリオスがそう告げた以上、そこまで回復したのなら出て行かざるを得ない。
せっかく仲良くなれたリリスが離れていくこと——元気になっていくリリスの姿を見るにつけて、シャールの頭の中ではそのことがちらついていた。
本音を言えば寂しいし、恐ろしい。再び、エリオスとアリアという底の知れない二人に囲まれて、独りぼっちの生活に戻るのだと思うと。
それでも、一人で歩むことを決め、そしてまさに進もうとしているリリスの前だからこそ——
「お元気になられて、本当に良かったです」
シャールはそう笑って見せた。
§ § §
「――傷ついた私を留め置いてくださったこと、まずは感謝を」
広間でエリオスと対面しながらリリスはそう言って恭しく頭を下げた。シャールは、そんな彼女の姿を少し後ろから眺めていた。
今日、リリスはこの屋敷から出ていく。何処へ行くのかとか、これから何をするのかとか、聞くことはできなかった。結果として、彼女を突き放した自分にはさしたる理由もなくそんなことを問う資格なんてないと思っていたから。
「傷は癒えたようで何よりだ。私のシャールとも随分と懇意になったようで――ふふ、これから再開する彼女での実験にも、良い効果があると良いんだけどね」
エリオスは、そう言うとどこか嗜虐的な笑みを浮かべてリリスとシャールを見た。厭な言い方だ――そう思って、シャールとリリスはエリオスを睨みつけるが、彼はどこ吹く風と言った様子だ。二人も、無駄だと分かっているから、睨む以上のことはしなかった。
「ふふ、ずいぶんと楽しそうにしていたのは傍からも見えたからね。はてさて、どんな話をしたのやら」
「お得意の盗聴術式は使わなかったんですの?」
「色々と人聞きが悪いな。あれは、あくまで自分の屋敷を管理するための手段の一つだ。それに、ガールズトークを盗み聞きするなんて無粋はいくら悪役でも願い下げだ」
そう言いながら、エリオスは唇を子供っぽく尖らせて見せた。そんなエリオスにリリスは小さく微笑んだ。不敵な笑み――そんな彼女の表情に、エリオスはわずかに眉をひそめる。
リリスはにんまりと笑ったまま、口を開いた。
「どんな話をしていたか。教えて差し上げましょうか?」
「なに――?」
「貴方をいつか叩き潰して、何もかも奪いかえして差し上げる! ――そんな話を私たちしていましたの」
そう言ってリリスは、シャールの肩を抱いてみせた。その言葉に、シャールもエリオスも思わず言葉を失った。笑っていたのは、エリオスの傍らに控えていたアリアと、当の本人であるリリスだけだった。
【ご連絡】
これまで、夜の投稿については大体7時台に行っていましたが、近頃それが遅れることが多くなり、筆者としても忙しくなりつつあるため、明日以降夜の投稿を8時台に行うことにしたいと思います。
申し訳ありませんが、ご了承くださいますようお願いいたします。