Intld.Ⅱ-xvii
リリスのモノローグの続きです
逃げるような旅路の中でも、私は魔術の研究をつづけた。行く先行く先の魔術の知識を蓄え多くの本を読み、魔術理論の基礎研究を進めていた。
そんな日々が数年続いたある時、私は旅をやめた。何か心境の変化があった訳ではなくて、ただ旅を続けるだけの蓄えが無くなったからだ。
私は故郷から遠く離れた大陸の西端、レブランク王国の辺境の森の中に小さな家を建ててそこに居を構えた。
家に籠り魔術の研鑽と知識の収集を重ねる日々。懐が寂しくなったときには、近くの村に出て簡単な魔術を使って村人たちの悩み事を解決したりして小金を稼いだ。王国の魔術師として仕官する道もあったのかもしれないけれど、両親の最期を考えると足がすくむし、何よりそんな大きなこと、自分では決められなかった。だから、私はずっと森の中にいた。
でも、あるときそんな日々にも終わりが訪れた。
ある日、偶然手に入れた古い文献を読んでいると扉が叩かれる音がして、私は心臓が止まるかと思うほどに驚き、跳ね上がった。家に誰かが訪ねてくるなんてことは今までに無かったし、何より家の場所は誰にも教えたことが無かったから。
私は震える手を、嚙み合わない歯の根を何とか抑えながら、杖を片手に魔力を練りながら扉を開いた。
『——お前が、「賢者リリス」か?」
扉の前に立っていたのはがっしりとした体格に、鷹のような気高さと鋭さを帯びた顔つきの男だった。彼は射竦めるように、品定めするようにじっとリリスを見下ろしていた。
恐ろしかった——だってそうだろう。見ず知らずの男に、名前や誰にも教えていないはずの住処まで知られているのだから。
私は答えることが出来ずに、その場にへたり込んだ。そんな私の姿に、男は眉をぴくりと動かすだけだった。
『ちょ、ルカント様——!? 何でそんな言い方になるのよ!? ほら、彼女怖がっちゃってるじゃないですか!』
不意に男の——ルカントの背後から現れたのはスレンダーな体つきをした、活発そうな女性だった。きっと歳の頃は自分と変わらないのだろう。
そんな彼女の言葉に、ルカントは表情自体は変わらないものの、頭を掻きバツの悪そうな仕草をみせた。
『む——そうか、いかんな。あーリリス、悪いことをした』
『紳士たるものまず自己紹介から入ってください! 名前も知らない男にいきなり呼び捨てにされるなんて、恐怖以外の何物でもないですからね。今の貴方は、9割9分不審者ですよ!』
『——い、いえ。そこまでは思って……ませんわ……』
不思議な二人組だった。女の方はルカントに「様」を付けているのに随分と気安い。まるで、古い友人同士のようであった。
私はいつのまにか恐怖がだいぶ薄れていた。
そんな私の内心を、女の方は表情で見抜いたのだろう。膝を折って私に視線を合わせてから口を開く。
『こんにちは、リリスさん。こちらはルカント様、レブランク王国の第二王子で我が国の勇者様。そして私はミリア、彼の旅の仲間よ』
『ルカント、さま……ミリア、さん? えっと……一体どんな御用件ですの?』
きっとこの時の私はひどく困惑した表情を浮かべていたことだろう。でも仕方がないでしょう?
辺境の森の中に流れ着いた引きこもりの魔術師の元に、大陸一の王国の王子様がやってきたのだから。村人たちと関わるのだって、探り探りで怖いのに——
そんな私に視線を合わせるように、今度はルカントが膝を折った。
『お前の力を貸してほしい——俺たちにはお前が必要だ』
彼は表情を変えることもなく、口調も変わることなく、恥ずかしげなくそう言った——でも、あの時の言葉が帯びていた熱を私は今でも覚えている。
もう少しモノローグが続きます。
果たしてこのインタールードはいつまで続くのでしょうね……