Intld.II-x
「と、まぁ。そんな思考を巡らせて、私はレブランク侵攻を決めたってわけさ」
心底愉快そうに――否、もはや恍惚とも言えるような表情を浮かべて、エリオスはそう締めくくった。そんな彼の言葉に、アリアはわずかな戦慄を覚えていた。
こんな悪辣な計画を一刻も経たずに立案した狡猾さに? うまく行くかも分からない作戦のために、敵地のど真ん中に飛び込んで大立ち回りをした大胆さに? 人間の善性ではなく、悪性をこそ信じるというそのねじ曲がった人格に? 否、否。彼女が慄いたのはそこではない。
彼女が戦慄したのはただ一点――この遠大にして悪辣な計画、そしてその実行の下で起こされた騒乱と憎悪と絶望と犠牲。その全ては、「アリキーノへの意趣返し」という一点のために引き起こされたものだったというコトだ。
アリキーノの些細な反撃、アリキーノの些細な言葉。それによって引き起こされた「憤怒」がここまでの惨劇を生み出したのだ。
アリアには別にこの騒乱で死んだ人間たちを悼む気持ちなどは微塵もない。それでも、人の命というものに一定の重みは感じている。
はたしてエリオスにそれを感じる心はあるのだろうか。他者の命などどうでもよくて、何も感じていないというのならばそれはそれでよい。しかし、アリアには「奪うのならば奪われる覚悟をするべき」と標榜するエリオスが人の命の重みを度外視しているとは思えない。
だとするのなら、彼は人の命の重みを知ったうえで、それよりも自らの「憤怒」が優先すると考えているのか、或いはその価値を知ったうえで蹴り飛ばしてやることこそ「悪役」の振る舞いだと考えているのか。
「どっちにしてもイカれてるわね」
「――誉め言葉として受け取っておこう」
そう言って、エリオスは長話で乾いたのどを潤すように、少し冷めてしまったココアを飲み干した。アリアはそんなエリオスを見つめながら、唇の端を吊り上げる。
「もう一つ質問するわね。アンタの計画的に言えば――私とここでこの話をするのも、計画のうちなのかしら?」
アリアの瞳がきらりと光る。そんな彼女の言葉に、エリオスは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべたかと思うと、次の瞬間嗜虐の愉悦に浸るかのような恍惚の笑みを浮かべる。
「それはもちろん……当たり前じゃあないか!」
そう言って、エリオスは立ち上がりカツカツと石の床を踏み鳴らしながら、部屋の傍らへと歩み寄り、立ち止まる。彼の目の前には木製の黒ずんだ椅子が石床にぽつんと置かれている。そこには、顔に頭陀袋をかぶせられ、手足の無い全裸の男の身体が荒縄でがんじがらめに縛りつけられている。椅子の上の四肢を奪われた男は、くぐもった呻き声を上げながら、芋虫のように身体をよじらせている。
荒縄で擦れた皮膚からは血が滲み、首筋には注射跡のような傷跡が幾つも浮かんでいる。
エリオスは、そんな男にかぶせられた頭陀袋を勢いよく引きはがす。
原型からは程遠く傷だらけになった男の顔を見ながら、エリオスは満面の笑みで口を開いた。
「――やあ、アリキーノ卿。ご機嫌いかがかな?」
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