Intld.Ⅱ-viii
また遅れましたね……本当に申し訳ないですが、お付き合いください……
「……らしくないわね」
「――なにさ、突然」
唐突なアリアの言葉に、エリオスは眉をひそめながらそう返した。
暗い地下の実験室の片隅に据えられた研究用のテーブル。エリオスとアリアはそれを挟んで向かい合っていた。
アリアは、手元マグカップを口元に運び、ほんの少しその中身を口に含み、飲み下す。黒と赤のグラデーションのマグカップの中に注がれているのは、甘くて熱いどろりとしたココア。アリアはその甘味を十分に味わって、幸せそうな顔を浮かべる。そうしてから、ほうと小さくため息を吐いてから、エリオスを見た。
「――別に大した意味は無いわ。ただ、今回の顛末、アンタにしては珍しいことが多かったなって思って」
「そう? 私としてはそんなつもりはないんだが――具体的には?」
「そうね。まあ色々聞きたいことはあるけど、第一は――そうね、レブランクの王都を落としたやり方、かしら。いつものアンタだったら、権能や魔術で皆殺しにしたって良かったでしょう? 昔自分の村を焼き滅ぼしたときみたいに」
アリアの言葉に、エリオスは少し嫌そうな顔を浮かべる。アリアも、自分の言葉の意地悪さを自覚しているのだろう、そんなエリオスの反応にどこか愉し気な表情を浮かべる。
対するエリオスは、小さくため息を吐くと手元の青白いマグカップを掴んでぐいと中身を飲む。
「意地の悪いことで――流石は私のご主人様」
「お褒めに預かり光栄よ。それで、説明する気はあるのかしら?」
「——いいよ。主人への報告は、臣下の務めだからね」
そう言ってエリオスはちらと、視線を逸らして部屋の傍のナニカを見てから、少し微笑んで改めてアリアの方に向き直る。
「君も知っての通り、レブランクは領土の意味でも国力的にも軍事力的にも大国だからね。滅ぼそうと思っても、その全てを一朝一夕で滅ぼすのは流石の私にも難しい。かと言って時間をかければ、最重要事項を達成できなくなる恐れがある——だから、最も効率的にレブランクという国を殺す方法を考えてみた」
「それがあの騒乱ってこと?」
「そう。王都における身分秩序の崩壊、王政・貴族制の終焉——」
エリオスはマグカップからココアをほんの少し口に含んでゆっくりと飲み下していく。
そんなエリオスに、アリアは釈然としないような表情で問う。
「それが効率的に王国を滅ぼす方法だったといえるの? 正直、王都だけでそんなことが起こったからってあの大国が滅びるとは——」
「まあ、滅びない可能性もある。あくまでこれは机上の空論に過ぎないのだから。でも、現実は私の見る限り机上の絵図を辿っているよ」
「どういうこと?」
「あの騒乱が起こしたのは、表面的な制度や秩序の崩壊だけじゃない。無垢なる市民たちが、無辜の——ただ貴族であったというだけの人間を侵し、殺す。そんな風に、いわゆる倫理だとか道徳だとか——社会の秩序を支える根底のモノが崩壊したんだ。するとどうなるか——」
そこまで言って、エリオスは唇の端を釣り上げて整然としていながら邪悪な笑みを浮かべ、そして続ける。
「押さえつけられていた悪性が暴れ出す——もう自分たちでは止まらないし、止まれない」




