Intld.Ⅱ-ⅶ
その日の午後、リリスとシャールは館の外に出ていた。
手の震えなどはずいぶんと収まってきたものの、まだその足取りは覚束ないを通り越して、今にも崩れ落ちそうなほどに震えている。右手の杖と、左側で肩を貸すシャールがいなければ、すぐに地面に倒れてしまい動けなくなるだろう。
そんな状態でありながら、二人が外に出ているのはリリスたっての希望からだった。
リリスとシャールはよたよたとした足取りで、館の外に出ると真っすぐに目的の場所へ向かって歩いていく。
目的の場所に着いたとき、シャールは思わず息を呑み唇を震わせる。
「――ひどい」
そこは、シャールが作ったルカントたちの墓――だった場所。
先日のアリキーノたちの行軍によるものだろう、墓土は踏み荒らされ、墓標は蹴り飛ばされている。かろうじて、他よりも少し盛り上がった地面がルカントたちの遺骸の埋まっている場所を示していた。
シャールは足元から力が抜けていくのを感じながらも、肩に負ったリリスのために何とか力と気力を振り絞りその場に立っていた。
そんなシャールの様子に、リリスは何かを悟ったように唇を噛む。
「ここが――ルカント様たちのお墓ですの……?」
「――ごめんなさい」
リリスの問いかけにシャールはそう呟くしかなかった。
その謝罪は、いったい誰に向けたものなのか。リリスに向けたものなのか、ルカントやアグナッツォ、ミリアに向けたものなのか。シャールにすらそれは分からなかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい」
ただ、その光景があまりに悲しくて、あまりにも情けなくて。シャールは何度も繰り返し繰り返し、謝罪の言葉を口にする。
そんなシャールの肩から、不意に重みが消える。それとほとんど同時に何かが地面に落ちる音がした。音のした方をとっさに振り向くと、地面にへたり込むようにリリスが座っていた。
「リリス様――!」
思わずシャールは叫ぶ。
リリスはそんなシャールをよそに、その身体を引きずりながら三人の墓へと近寄っていく。そして、その墓の前で唇を震わせる。
「――ありがとう」
「え――?」
「ありがとう、シャール。みんなを弔ってくれて……」
涙を流しながら、頭を下げて、リリスはそう呟くように言った。その言葉に、シャールは混乱する。
だって、リリスの大切な人たちをこんな簡素に埋葬してしまったのに。挙句、その墓すらもあらされてしまったというのに。
頭を垂れて涙を流すリリスの横にしゃがみこみ、シャールは首を横に振る。
「やめて――やめてください。私は、私は皆さんを……」
「私たち、貴女にずっとひどい扱いをしていた……嫌われて、恨まれて、当然だと思っていました……だから、貴女が私を庇ってエリオス・カルヴェリウスの前に立った時は驚いた――私を助けに来てくれた時も……私にはそんな資格ないと思っていた」
「――ッ!」
「なのに、貴女は私を助けてくれたし、彼らをこんな丁寧に……弔ってくれた……貴女一人で彼らを弔うのはとっても大変だったでしょう……なのに……私は貴女を置いて逃げて……」
言葉を詰まらせながら、嗚咽を漏らしながら、涙を流しながら。リリスは言葉を何とか繋いでいく。その言葉に、その姿にシャールもまた、身の内から込み上げてくるものがあった。
「――ありがとう……本当に貴女には、感謝してもしきれない……そしてごめんなさい……貴女にはお詫びしてもしきれない……」
「やめてください……やめてください。私はそんな、立派なものじゃ」
頭を下げたまま謝罪の言葉を口にするリリスに、シャールはどうしていいのか分からなくなっていた。
確かに、リリスやアグナッツォはかつてはどこかシャールのコトを邪険に扱っていたきらいがあった。ルカントやミリアもそれを黙認していた。理不尽に感じたことが無かったと言えばうそになる。それでも――
「貴方達は、世界のために命を懸けて戦ってくれていた――私たちみたいな力のない者を守ってくれていた……それは揺るがない事実です」
「え――?」
シャールの言葉に、リリスは顔を上げる。
泣きはらした顔。それでも、彼女は美しかった。シャールはそんなリリスの髪を手櫛で整えながら、続ける。
「確かに、不満を持たなかったと言えばウソですけれど――私はそれ以上に、皆さんを尊敬していたし、感謝もしていたんです。だから、そんなに頭を下げたりなんかしないでください」
シャールはそう言って微笑んで見せた。
「――もう少しリリス様が回復したら、もう一度、一緒に皆さんのお墓を作りましょう。リリス様が手伝ってくだされば、きっといいものが出来ます。ね?」
そう言ってシャールはリリスの手を取った。
リリスは、涙を流しながら何度も何度もうなずいた。




