Intld.Ⅱ-v
「いや、女性レディふたりの和気藹々の中に水を差すのは野暮だと思ったんだがね――悪いが失礼するよ」
そう言いながら、エリオスはかつかつと靴を鳴らして部屋の中に入って来る。そんなエリオスに、シャールもリリスも警戒の姿勢をとる。
「――何の、用ですか……!」
突然現れたエリオスにシャールは立ち上がり、リリスと彼の間に入るようにして立ちふさがる。その右手は聖剣の柄に触れていた。そんなシャールの姿に、エリオスは目を細めて立ち止まり、やれやれと言わんばかりに肩を竦める。
「何の用も何も――私はこの館の主人で、そちらは客人。客人の目が覚めたというのならば、挨拶のひとつもしないわけにはいかないだろう?」
「まさか、聞き耳を立ててたんですか?」
シャールのエリオスに向ける視線が変わる。冷たいのは変わらないが、その質がどこか変わったようで、そこには敵意の色から軽蔑の色に移り変わっているように見えた。エリオスはそんな彼女の視線の変化を敏感にも感じ取ったようで、「いやいや」と首を横に振る。
「失敬だな――単純に通りかかったら、話し声が聞こえたから顔を出しただけだ。尤も、君が厨房からスコーンとティーセットを持って行った辺りで察しはついていたがね」
そう言ってエリオスはため息を漏らした。対するシャールは、子猫のような威嚇の姿勢を崩すことなく、エリオスを睨みつけている。
「お久しぶりですわね。エリオス・カルヴェリウス」
そんなシャールの背後から凛とした声が響いた。
声の主――リリスはまっすぐにエリオスを見つめている。その瞳は、燃える業火のようにも海の底を流れる冷たい水のようにも見えて、シャールには彼女が今どのような感情でエリオスと相対しているのかはうかがい知ることが出来なかった。
そんなシャールをよそに、リリスは言葉を続ける。
「まずは感謝を――私をここに置き、介抱してくださったこと。お礼申し上げますわ」
ほんの少し震えた声で、リリスはそう言った。
その言葉に、エリオスはわざとらしく驚いたような表情を浮かべて、大袈裟なリアクションを取って見せる。
「これはこれは――どうもご丁寧に。確か私は、君にとって仲間と恋人の仇だったと記憶しているが、彼らを殺された怒りや恨みはもうさっぱりと忘れたのかな」
「ちょっと――!」
エリオスの言葉に、シャールは思わず彼の胸倉をつかむ勢いで彼に迫る。
弱ったリリスに対して、そんな物言いは無いだろう。そんな思いで彼に掴みかかろうとしたが、それはリリスが次に紡いだ言葉で制止される。
「忘れるはずはありませんわ。私は今この瞬間も貴方が憎い。こんなに感情があふれ出すことがあるのかと、自分で驚くほどには。もし私が回復していたら、今すぐにでもこの屋敷もろとも貴方を吹き飛ばして殺してやりたいと思うほどには」
「それなら――」
ニマニマと笑うエリオスの言葉を打ち消し、かき消すようにリリスは言葉を重ねる。
「でも、それはこの恩義と相殺するような性質のものではありませんわ。そして何より、ここで感情を剥きだすなんて、貴方の思う壺なのではありませんこと?」
リリスは口の端を吊り上げてそう言った。
その言葉に、エリオスはほんの少し本気で驚いたような表情を見せたが、直ぐに笑みをその顔に戻して「いいね」とだけ呟いた。