Ep.3-79
地下牢からリリスを助け出したシャールは、彼女を背に負ったまま、群衆たちの目を避けて城の中を歩いていた。
よくよく考えてみれば、エリオスからの「ご褒美」であるこの時間がいつまで続くのか、そして何処に行けばいいのか。その辺りを確認することなく飛び出して来てしまったのだ。
出来ることなら城内は、暴徒化した群衆たちが暴れ回っているから彷徨きたくはないのだけれど、いつまでも地下牢にいるのはリリスのためにならないし、何よりあの澱んだ空気の中にいるのはシャール自身が嫌だと思っていた。
そんなわけで、結局シャールは阿鼻叫喚の城内をリリスを背負いながら歩き回ることになったのだ。最初は、エリオスと別れたテラスのあった部屋へも行ってみた。しかし、そこにはエリオスの姿は無かった。それからすでに半刻近く城の中を歩き回っていたのだが、すでにシャールの体力は限界に近づいていた。
自分より大きなリリスを背負いながら、神経を張り詰めさせて歩き回るというだけでも重労働だが、そもそもシャールの身体には昨晩のアリキーノたちの襲撃時からの疲労や傷も残っていた。そんな身体で、これ以上歩き回ることはできないということは、誰よりもシャール自身が良く分かっていた。
「ここ――なら……」
シャールはひとつの部屋の扉を開けると崩れるように部屋の中に転がり込む。
そこは、光沢のある木製の大机が目を引く部屋だった。大机の前には、応接用のソファが二つとそれらに挟まれる形で低い机が置いてあった。
シャールは、そのソファの片方にリリスを寝かせて、自身もぽすんとソファに座り込む。柔らかなソファにその身を沈みこませながらシャールは目を閉じる。瞼も身体も鉛に変じていくように、重く感じる。意識が遠のいていく——ダメだとわかっているのに、危険だと知っているのに。それでもシャールは疲労と睡魔に痺れた身体を動かせないでいた。
数瞬の後、シャールの意識は完全に途切れてしまった。
「——ッ! コイツ……おい、来てくれ!」
シャールが眠りに落ちてから数分経って、2人のいる部屋の扉が乱暴に開かれた。
扉を開けたのは若い男。木綿のシャツに、擦り切れかけたズボンを身につけた王都の労働者と思しきその青年の手には、城の武器庫から奪取したのであろう、彼の姿に不釣り合いなほど磨き抜かれた鋼の剣が握られていた。
男は、ソファの上で眠っているシャールを睨みながら仲間を呼ぶと、部屋の中に入ってくる。
そんな彼に遅れて、その仲間と思しき青年が3人部屋の中に乱入する。
「どうしたんだ——って、このガキ!」
「あのときテラスにいた——」
「あの魔術師の仲間か!」
青年たちの脳裏には、数刻前にファレロたちと並んでテラスに立って自分たちを見下ろしていた少女の姿が浮かんでいた。
青年たちは血走った眼で、各々の武器を握る手の力を強くして、寝息を立てるシャールたちに足音を殺して近づいていく。
そしてその細く白い首筋が間合いに入ると、剣を思い切り振り上げた。
少し長くなりますが、とりあえず次のパートでepisode3が終わる予定です(鋭意執筆中)。
予定よりも大幅に長くなってしまって、作者としても驚いています。
もう少しだけ、お付き合いいただけますと幸いです。