Ep.3-75
「嫌です」
シャールは短く、冷然と言い放った。その言葉、その変わりように囚人は一瞬何が起こったのか分からないというように詞を詰まらせるが、直ぐにその顔を赤くして鉄格子を両手でつかんでガンガンと鳴らして怒鳴り散らす。
「ふざけんなよクソガキがァ! 誰のおかげで隠し扉を見つけられたと思ってんだクソがよォ!」
「ぶっ殺すぞテメェ!」
「死ぬよりきつい目に遭わせてやろうか、ああ!?」
「こっち来やがれ、ぶっ飛ばして二度と生意気言えねえようにしてやる!」
他の囚人たちも喚き始める。石の壁に囲まれた地下牢ではそんな彼らの声は反響して幾重にも重なりぐわんぐわんと耳の奥を掻き鳴らす。シャールはそんな彼らの勢いにわずかに押されるように後ずさる。そんな時、背中に負ったリリスがわずかに動いた。
「ん――あ……?」
リリスの声が響いた途端、シャールはびくりと身を震わせる。そんな彼女が見せたある種の隙を囚人たちは見逃さなかった。囚人たちはそのギラギラと光る視線と悪意の標的をシャールからリリスへと移す。
「ぃよお、魔女さんいい格好だな――また俺たちに可愛がられに来たのか?」
「――ひ。い、いや……」
シャールに背負われたリリスは、囚人のねっとりとした声に全身を震わせて目を覚ます。カチカチと歯が鳴るほどに震える様子が背中越しにシャールにも伝わって来る。その表情は見えないが、ひどく怯えていることはシャールにも分かった。
「そうそう、こっち来いよ。また喉から血が出るくらい泣かせてやるからさ」
「楽しかっただろう魔女さんよぉ!」
「黙ってねえでなんか言ったらどうだクソアマァ!」
ニタニタとした気持ちの悪い声、弱った彼女を嘲笑するような声、トラウマを抉らんとする粘着質な声、恫喝し恐怖させようとする声。悪辣な声々が反響する中で、リリスは次第に正気を失って、震える口から幼子のような声を漏らす。
「いやぁ……いやあ、もう、嫌なの……お願い、誰かぁ……」
そんな言葉を漏らしながら、リリスはシャールの小さく薄い背中をぎゅっと強くつかんだ。それは、まるで子供が人ごみの中で迷子にならないようにと親の手を掴むような必死さで、あのリリスがよりによって自分にそんな風に縋って来ているという事実に、シャールは複雑な感情を抱いて唇を噛む。
「おいこっち来いよ阿婆擦れ魔女ォ!」
そう叫びながら、巨漢の囚人が太い腕をこちらに伸ばしてきた。その腕が近づいて、わずかに肌を掠めた瞬間リリスは小さく悲鳴を上げてシャールの背中に顔をうずめる。そんな様を囚人は嗤いながら見て、何度も何度もリリスに触れようと執拗に手を伸ばした。
「――いい加減にして」
「ああ? ――ッ!?」
シャールの低いつぶやきに手を止めた巨漢の囚人は、次の瞬間に自分の身に起こったコトに思わず絶句する。彼の突き出した太い腕。それを貫くように、薄緑色の光を放つ剣が突き刺さっていた。
「ぎゃあああああ――ッ!? て、てめえええ、な、何しやがる!?」
囚人は自分の腕を貫いた張本人である、目の前の少女に叫ぶ。周りの囚人たちも、巨漢の腕を躊躇いなく刺し貫く少女という、非現実的な構図に思わず言葉を失っていた。
そんな中、シャールは囚人の腕に聖剣を突き刺したままじろりと囚人を睨んだかと思うと、直ぐに震えるリリスに向かって優し気な言葉を掛ける。
「――大丈夫です。私がいます。ルカント様のようにはいきませんが、きっと私が貴女をお守りします。だから、今は安心して眠っていてください」
「あ……るかんと、さま……しゃー、る……」
二人の名を呼びながら、リリスの声は小さくなり、再び穏やかな寝息が聞こえ始めた。シャールはリリスが眠りにつくのを見届けると、囚人の腕から聖剣を抜く。
「ぐううう――ッ! て、てめええ……」
うめく囚人は、ぎろりと殺意を込めた目でシャールを睨みつける。しかし、そんな彼にもはや怯むこともなく、シャールは泰然と告げる。
「隠し扉の件は感謝しています。でも、貴方たちはこの人を傷付けた」
「それがどうしたってんだ! 約束を破るばかりか、俺の腕をこんなことに――」
喚く囚人にシャールは冷たい瞳を向ける。その瞳の冷たさと底知れ無さに囚人は思わず息を呑む。そんな彼に背を向けて地下牢の出口へと向かいながらシャールは告げる。
「貴方にも、きっと覚悟が足りないんです。奪うからには奪われるかもしれないという覚悟が――」