Ep.1-10
「いいね――では、殺して見せなよ御三人方。私も殺し返してやるからさ」
口角を吊り上げてエリオスはそう宣う。
その表情に浮かんだのは嗜虐の愉悦に震える凶相。その貌にリリスたちは、心臓を握られたかのような、焦燥と戦慄を覚える。しかしその表情は一瞬のうちに、この剣呑な状況に不似合いな柔和な笑みの奥へと消えていく。
そして彼はゆらりと立ち上がって、冷たく硬い音と共に床を踏み鳴らして三人の方へと歩いてくる。悠然と、泰然と、目の前の人間たちに煮えたぎるような殺意を向けられていることすら忘れたかのように歩み寄って来るその姿に、三人はわずかに身じろぐ。
そんな彼らをちらと一瞥しながら、エリオスはルカントの無残な骸の前に至る。上半身を失いながらに、未だ立ち尽くすそれに苦笑を漏らしながら、その足元に落ちた彼の聖剣に手を伸ばす。
「貴様――ッ!!」
幼馴染、そしてあこがれの人―――その形見に手を伸ばす仇に、ミリアは非難の声を投げかける。しかし、エリオスはそれをちらと一瞥しただけで、一切気に留めることもなく聖剣に触れる。
「――ッ!?」
エリオスの指が聖剣に触れたとたん、その指先で緑色の閃光が弾ける。エリオスは驚いたように手を引き、指先を見つめる。焦げて薄く細い煙を上げる黒い皮手袋、そして麻痺したかのように痙攣する右手を前にわずかに困惑の色を浮かべる。
「――拒まれた‥‥‥? いや、七神の加護に造られた聖剣であるならば‥‥‥私を拒むのも道理?」
弾かれた右腕を抑えながら、エリオスはぶつぶつとつぶやく。その関心はさも、目の前の聖剣と自分の腕にしか向いていないようだ。
それはリリスたちにとっては好機だった。リリスはミリアとアグナッツォに目配せをし、二人はそれに応じて、態勢を整える。アグナッツォはエリオスの死角へと回り込み、ミリアは彼の正面へ。そしてリリスは杖を構えながら一歩退く。
「彼女の権能‥‥‥だとすると、ふふ‥‥‥ん、うん‥‥‥そう、そうだな」
そんな彼らの様子にすら気づかないままぶつぶつとつぶやき続けるエリオスを囲むように、じりじりと配置を変える三人。そして次の瞬間――
「――ッ!!」
無言にして神速の刃――アグナッツォの双刃がエリオスの首元に迫る。
鋭く研ぎ澄まされた2本のカットラスは、分厚い毛皮を持つ熊の魔獣や、王国騎士の鋼の鎧すら貫き切り裂けるような魔術強化がリリスの手によって施された業物。
そしてそれを振るうアグナッツォもまた、レブランク王国随一の斥候にして狩人。並みいる冒険者たちを押しのけて、王国最強の冒険者の名を欲しいままにした男。無防備に背を向ける魔術師の首を刈り取るのは、路傍の花を手折るのと変わらない。
そのはずなのに、アグナッツォの胸には漠然とした、されどその胸中を塗りつぶし、視界を霞ませるような焦燥と不安があった。