Ep.3-74
シャールは崩れ落ちたリリスを自身の着ていた外套で包むと、辺りを見渡す。
リリスが囚われていた空間は、拷問室兼実験場といった様相で、どこかエリオスの館の地下実験室を思い出させた。尤も、華のレブランク王国王城の地下にある地下牢よりも、エリオスの実験室の方がよっぽど清潔と言うのは皮肉というか、滑稽というか。
次にシャールは、リリスを縛めていた鎖を手に取る。その全面に刻印された不気味な文様――手に取ってよく見てみると、それはどうやら魔術式が刻まれているようだった。シャールには知識が無いため、それを解析したりすることはできないが、察するに被拘束者の魔力を奪ったり、あるいは魔術行使を阻害するような仕組みがあるのだろう。そうでなければ、リリスをいつまでも拘束などしておけるはずがない。
シャールは彼女の手首と足首をちらと見て、表情を歪める。そこには、きっと何度も抵抗したのだろう鎖が擦れたことによる傷口が幾つも残っていた。
「ひどいことを――」
シャールは静かな寝息を立てるリリスの髪を撫でながらそう呟いた。
その寝顔は泣き疲れた子供のように無防備だった。ずっとこのまま寝かせておいてあげたかったが、こんな澱んだ空気の中では、彼女にとっても自分にとっても長居は毒だ――そう考えて、シャールは立ち上がると、何とかリリスを背負ってよたよたと歩き始める。
リリスの身体は往時よりもやせ細っていたが、そのすらりと高い身長は背の低いシャールが背負って運ぶには少し厳しいモノであった。それでもシャールは極力リリスを起こすことが無いよう慎重に、それでいて迅速に進んでいく。この時ばかりは、ルカントたちとの旅の中で大荷物を背負って悪路を歩いていた経験が生きたと思えた。
暗い通路を抜けると、やがてシャールとリリスは崩落した隠し扉の入り口までたどり着いた。荒れる息を整えて、シャールは鉄格子に挟まれた通路へと戻る。
「戻ってきたぞ――」
「おい、あの女だ!」
「ハハ、死にそうな顔してんじゃねーか」
鉄格子の向こうの囚人たちは口々にはやし立てるような言葉を口にしながら、好奇の目でシャールたちを見遣る。特に、シャールの背に負われたリリスには、多くの囚人たちが獣じみた視線を向けていた。そんな彼らの中を、シャールは一言も口を聞くことなく歩いていく。
そんな中、ある雑居房の鉄格子に近づいたとき、聞き覚えのある野太い猫撫で声が響いた。
「おお、嬢ちゃん。戻ってきたか――へへ、魔女も一緒だな」
鉄格子の向こうで下卑た目を向けてくる男。それは、最初に地下牢に入った時にシャールに声をかけてきた巨漢の囚人だった。
囚人はリリスを見ながら一瞬舌なめずりをしたかと思うと、再び猫撫で声でシャールに語りかけた。
「なァ嬢ちゃん。約束、果たしてもらっていいかなァ——ここの鍵、その剣で壊してくれよォ」
シャールはちらと囚人を一瞥してから、視線を戻して短く言った。
「嫌です」