Ep.3-73
「リリス様――」
シャールの声にぴくりと反応するように、鎖に縛められた女性――リリスはわずかに顔を上げる。傷だらけの頬、乾いてひび割れた唇、汚れて艶の無くなった髪、その隙間から覗く光を失った左の瞳。あまりの痛々しさ、あまりの変わりようにシャールは一瞬、彼女が本当にあのリリスなのか疑ってしまった。
しかし、その美しい面立ちはどれだけやつれ穢されていようと変わることは無かった。尤も、その変わらない美しさが、今の彼女の悲痛さを引き立ててもいるのだが。
「だ、れ……また、私に……痛いコト、しにきたの?」
ぽつりぽつりと零れるリリスの言葉はまるでか弱い子供のようで、才気と実力、そしてそれらに裏打ちされた絶対的なまでの自信に満ちていたかつての彼女の姿とは全く一致しなかった。
「いや、いや……来ないで……もう、痛いのも苦しいのも……嫌なの」
そんな彼女の悲惨な姿に、シャールは思わず涙があふれ出てくるのを耐えることが出来なかった。こぼれ出る涙を必死でぬぐいながらシャールは首を横に振る。
「違います、違います――私、貴女を助けに来たんです」
「たす、けに……? だ、れなの……貴女」
その言葉にシャールはぞくりと震える。まさか、目が――
シャールは震える脚でリリスに駆け寄って、彼女の頬に触れる。近づいた彼女の身体からは、血や汚物や薬品の匂いがつんと漂っていた。あれほど身繕いに気を払っていた彼女にとって、こんな姿にされているのはどれほどの苦痛と屈辱なのだろう。それとも、そんなことは気にならないほどの辱めと拷問を受けたのだろうか。自分が仇敵の館で安穏とした日々を送っていた間に――
「私です――シャールです」
「しゃあ、る? しゃーる?」
「そう、シャールです! 貴女たちの旅に連れて行っていただいていた、シャールです!」
シャールはそう言って顔の右半分に掛かった髪をそっと払う。隠れていた右目は、シャールの姿を捕らえると驚きに見開かれる。
「あ、あなた――あの、しゃーる? シャール、なの?」
「そうです、そうです――! ごめんなさい、ごめんなさい。私、リリス様を……こんな」
涙を流し、嗚咽を漏らしながらシャールは聖剣を強く握りしめた。
「アメルタート! 癒し包み込む大樹の権能、この人を助ける力を貸して――!」
シャールはそう叫んで、アメルタートで次々とリリスを縛る鎖を断ち切っていく。すべての鎖を断ち切るとリリスはその場に崩れ落ちた。シャールはそんな彼女を自分の身体が汚れてしまうのも気に留めず、その肢体を抱き止める。
襤褸布のような服に身を包んだ彼女の身体は、鞭やナイフの傷が生々しくてその痛々しさにシャールは表情を歪める。
そんなシャールの頬に、リリスは手を伸ばして乾いた唇をゆっくりと動かす。
「あや、まるのは……わた、しの方……あのとき、ごめんな、さい……生きてて、くれて……よかった……」
そこまで言ってリリスはその目を閉じる。穏やかな寝息とともに、その胸が上下するのを見てシャールは涙を流しながら安堵の息を漏らした。




