Ep.3-70
そういえば、十万PV達成しておりました。ありがとうございます。
混乱を窮める王城の中を、シャールは駆けた。市民たちにその姿を見られないように、見られたとしても正体を悟られないように気をつけながら。
途中の道のりでは、若い貴族の姫たちや、王族の子女などが市民たちに髪を掴まれ引き摺られていく様なども見た。年老いた貴族が殴り殺される様も見た。城の宝物を破壊し、あるいは略奪する者たちの姿もまた。
それを見るたびに、シャールは自分の心が腐食していくような感覚に陥った。
駆け出して、彼らの前に躍り出て、彼らを止める説得をしたいと何度思ったことか分からない。
『有効活用したまえよ。私のご褒美も、君の命も――』
その度に、エリオスの言葉が脳内に響いた。
大嫌いで、憎くて恐ろしくて、そして……とにかく厭な人ではあるのだが、それでも今この瞬間においては、彼の言葉はシャールにとって大事な指針となっていた。
市民たちによる惨劇を見るたびにシャールは自分に言い聞かせる。
——今ここで自分が死んだら誰がエリオスに一矢報いるのか。生き残った自分が、こんなところで無為に命を散らしていいはずがない。何より、今ここで自分が死んでしまったら、誰が彼女を助けるのか。
何度もそんな問いを自分の中で反芻して、シャールは立ち止まりかける自分の足を叱りつけて、前へと進む。
やがて、シャールは地下牢への扉を見つけた。門番の兵士たちは、この騒動のせいで既に出払っており、扉には簡素な錠がかけられているだけだった。
「アメルタート、お願い――」
シャールは腰の聖剣を抜くと、その切先を扉に向け、念じるように目を閉じて魔力を刀身に流し込む。聖剣が薄緑色の光を帯びたのを認めると、シャールは思い切り剣を振り上げて、扉を叩き斬った。アメルタートの切れ味に、シャールはわずかに驚きながらも、壊れた扉を蹴り破って中へと進む。
「――ッ!」
地下牢の中の空気は澱んでいた。
石畳の通路の両脇には、血走った目をした囚人たちを閉じ込める鉄格子が並ぶ。排泄物の匂いや血の匂い、腐った水の匂い、鉄の匂いが混じりあって吐き気がする。シャールはわずかに躊躇いながらも、鉄格子の向こうの監獄を一つ一つ中を確かめていく。
牢獄の中には、屈強で野卑な巨漢や、底意地の悪そうな痩せ男、見るからに悪徳な太った男、底の見えない笑顔をシャールに向けてくる優男など様々だった。
シャールが剣を構えていたからか、声を掛けてくる者はほとんどいなかったが彼らのぎらぎらとした視線が身体を突き刺すたびに、シャールの精神はすり減っていく。
こんなところに彼女は閉じ込められているのかと、シャールは唇を噛む。
そんな中、十ばかりの牢の中を覗き込んだ頃に、シャールはあることに気付いた。
「こんなところで、あの人を閉じ込められるわけがない――」
シャールは呟くようにそう言った。
地下牢に入ってすぐ脇に広がる雑居房には、囚人たちがその足を鎖につながれてはいるものの拘束自体は非常に緩いものだったし、牢獄自体にも何か特別な細工があるわけではない。彼女のような魔術師を閉じ込めておくにはどう考えても不適だ。
しかし、この地下牢はそこまで広くないし、みたところ他に人を閉じ込めておけるところも見られない。
「まさか、隠し部屋――ッ!?」
不意にすぐ真横の鉄格子がガシャンと鳴る。その大きな音にシャールは思わず身体をびくんと震わせた。音のする方を見ると、ひとりの大男が監獄の内側から鉄格子を掴んでこちらをじっと見ていた。その人を舐るような視線にシャールは震えあがりそうになるのを何とか押し殺す。
そんな彼女に、大男は猫なで声で問いかけた
「なあ、嬢ちゃん。もしかして、魔女を探してるのかァ?」