Ep.3-68
「やめておきな。無駄だから――」
エリオスの笑い交じりの言葉に、シャールは振り向いて叫ぶ。
「うるさい――! そんなの……私だって……無駄だなんて分かってる! でも、それでも――」
シャールはそこまで言って言葉を詰まらせる。
――そう、分かっているのだ。止めに行ったって無駄だというコトは。シャールには、あそこまで怒り狂った人々を止める力などない。たとえどれだけ言葉を尽くしたとしても、それはきっと彼らの心に届くはずもない――むしろ、エリオスの隣にいた自分が姿を見せたのならば、彼らの怒りの炎に油を注ぐことになってしまうかもしれない。もしかすると殺されるかも――
しかし、そうだったとしてもここでただじっと見ているなんてことはできない。そうなっては、シャールは自分で自分を許せなくなってしまうから。
視界が揺らぐ。目の端からつうっと熱いものが頬を伝って流れ落ちた。
そんなシャールを見ながら、エリオスは眉根を寄せながら苦笑を漏らす。
「何、君泣いてるの?」
「うるさいうるさいうるさい!」
シャールは叫ぶ。それはまるで幼子のようで、自分でもこんな子供っぽい声が出るのは驚きだった。それでも、感情はあふれ出す。そんなシャールにエリオスはやれやれと首を振りながら、口を開く。
「無駄だと分かっているのならやめたまえ。まあ、最悪君に死なれたとしても、私にとってはそこまでの痛手じゃないけど、この私がせっかく用意したこのご褒美が無駄になるのも業腹だ」
「ご褒美――こんなものが、ですか――!」
涙をぬぐいながら叫ぶシャールに、エリオスはわざとらしいほどに心外そうに唇を尖らせて見せる。
「こんなものとは失敬だな」
「こんな悪趣味なものがご褒美だなんて――結局貴方は私が嫌がるような光景を見せつけたいだけでしょう!」
「好きな子に意地悪する馬鹿餓鬼みたいな言い方は止してよ――まあ、間違っているとは言わないけど……でもね、このご褒美はこれだけじゃあない」
「これ以上何を――!」
強く強くエリオスを睨みつけ怒鳴るシャール。そんな彼女の言葉を、エリオスはその唇に右の人差し指を当てて遮る。そして、嫣然と笑いながら言った。
「平民の君には王城に入る機会なんてそうそう無いだろうからね。一刻ほど自由時間を上げるから、暴徒――もとい一般市民諸君に見つからないように観て回って来ると良い」
「それが……ご褒美、ですか?」
思っていたのとは全く違う「ご褒美」にシャールは困惑を隠せずにいた。エリオスは、そんな彼女に対してその手に持っていた鏡を手渡すように促した。シャールがそれを差し出すと、エリオスは満足そうに微笑みながら受け取った。
「さ、これで君は十分に落とし前をつけてくれた。遠慮なく、私のご褒美を有効活用すると良い」
「え――でも、私……別に王城なんて……」
「ええ、見るべき所が分からない? ふむ、そうだな。では、私が一つおすすめしてあげようじゃあないか」
そう言ってエリオスはわざとらしく考え込むようなそぶりをしながら、二、三度「うーん」と唸って見せる。そして、これまたわざとらしくぽんと手を叩く仕草をしてシャールに言う。
「そう。例えば地下牢とか――ね」
「地下牢って――あ!」
シャールは、エリオスの言葉の意図を理解して、思わず目を見開いた。エリオスは、そんなシャールにくるりと背を向けて、鏡を撫でながら広場を見下ろす。
「有効活用したまえよ。私のご褒美も、君の命も――」
「あ、ありがとう……ございます……!」
シャールはそう言うと、回れ右をして廊下へと駆けだした。そんなシャールを見送ることなく、自分の顔の前に鏡を持ち上げて、エリオスは楽し気な口調で語りだす。
「嗚呼……これで、君の所業も、大事なモノも全て台無しにしてやった。どうだい、最高のショーだったろう? ねえ、アリキーノ子爵サマ」
そう言ってエリオスは嗤った。