Ep.3-66
「少し、私の中の論理ってやつが分かるようになってきたのかな? 君も」
そう言って笑うエリオスを、シャールは強く睨みつける。そんなことはない、自分はお前とは違うと叫ぶ代わりのような鋭い視線だった。
しかし、エリオスはそんなシャールのことなど気にも留めないで、再び眼下の広場を見下ろす。釣られてシャールもそちらに目線を向けると、彼女より少し年上くらいの若い娘が、大きなレンガを1人の貴族の禿げ上がった頭に振り下ろすところだった。
ぱっくりと開いた傷口からは、柘榴のように血と肉が溢れ、白い骨のようなものが見えていた。シャールは思わず目を背ける。
そんなシャールの様子すら愉しむように、エリオスは目を細めて微笑み口を開く。
「君はあの王サマに、『王という駒として生きる覚悟が無い』と喝破していたがね。私も似たようなことは思っていた——彼は自分を他の人間とは違う位置にいると勘違いしているようだった」
エリオスはどこか遠い目をしながらそう言うと、頬杖をついて広場に横たわるファレロを見下ろす。死んでいるのか、まだ生きているのか——この距離からでは分からない。しかし、未だに市民たちはファレロの下へと押し寄せてはその身体を甚振り、傷つけていく。シャールはふと、彼の虚な瞳と目があったような気がして、身体を震わせた。
エリオスは、そんなシャールを横目に言葉を続ける。
「王であるが故に自分はなにをやっても許される——正確に言えば、手を出され、裁かれることはないと。そんな風に思っていたんだろう。君の言った通り、まるで盤上遊戯のプレイヤーのようにね。でも、所詮彼も歩兵や騎士と同じ様に、盤上に居並ぶ駒の一つに過ぎない。ゲームの展開次第では、さっくり狩られてしまう」
エリオスはそう言うと右手を目線の先に差し出して、ファレロに重ねると、中指を弾く仕草をしてみせた。まるで、盤上遊戯の駒を倒すかの様に。
それと同時に、眼下で若い男がファレロの腹に、血に塗れた剣を突き刺した。ファレロの身体はびくんと揺れた。
エリオスは冷たい声で続ける。
「君の説法を私流に言い換えてしまえばね——彼には『奪われる覚悟』が足りなかった。自分は民や兵士たちから色々なモノを奪うのにも拘らず」
「だから、彼らを殺したんですか。誰かから奪うのに奪われる覚悟をしなかったから?」
シャールの問いかけに、エリオスは心底可笑しそうに笑いを噛み殺しながら応える。
「おいおい。私は殺してなんていないよ? 彼らを殺すかどうかを決めたのはあそこの善良なる一般市民たちだ」
「——ッ! あの状況で、彼らを広場に落としたらどうなるかくらい簡単に分かるでしょう!」
「ああ、分かっていたとも。だけどね、一般市民諸君が憤怒に囚われ、一時の激情に身を任せ是非を考えないという怠惰を侵さなければ、ファレロたちは殺されなかったかもしれない。私を責めるのは勝手だが、それで彼らの所業が免罪されることなんてないんだよ」
「――ッ!」
エリオスの言葉に、シャールは言葉を詰まらせてうつむいた。
「彼らの所業が免罪されることなんてない」――その言葉は、まるで自分ですら気づいていない心の奥を見抜いているようで、シャールはどこか空恐ろしさを感じた。




