Ep.3-65
「これは、貴方の魔術ですか……?」
「そうだよ――なーんて言ってあげたら、君は満足なのかな?」
眼下で広がる惨劇を愉しそうに眺めながら、エリオスはシャールに言った。シャールは唇を血が滲むのではないかというほどに噛み締めた。
広場では、市民たちがファレロや貴族たちに襲い掛かっていた。武器とも言えないような武器を持った人々が、憎悪に血走った眼と絶望に歪んだ顔で、怨嗟にまみれた声を上げながら殴りつけ、斬りつけ、刺し貫く。貴族たちも必死に抵抗するが、高々十数人の中年以上の貴族たちと、雲霞の如く殺到する市民たちとでは多勢に無勢極まる。
「や、やめろ――やめてくれええ!」
「た、助け――ぐゥあ!?」
「か、金ならやる。いくらでも、だからやめ――」
貴族たちの悲鳴と、それを聞いて壊れたように笑う市民たちの声。
かつて華の都と謳われた王都マルボルジェは、いまやこの世の地獄とも言うべきありさまだ。人が人を殺すさま――悪人でも善人でもない普通の人間だったはずの市民たちが、笑いながら人を殺す姿は、シャールにむせ返るほどの吐き気を感じさせる。
「死ねェ! お前らこそ殺してやる!」
「皆殺しにしろォ!」
「死んだ人たちに謝れ!」
「ざまあみろ、はは――アハハ!」
市民たちは地獄の獄吏のように、罪人である貴族たちを嬲り責め立てる。既に、最初に殴られたファレロはボロ雑巾のようにズタズタの姿になって転がっていた。
そんな有様を愉悦に浸った顔で見下ろすエリオスにシャールは問いかける。
「貴方の計画通りに行って満足ですか」
刺刺しい声で問うシャールに目線を向けることなく、エリオスはくつくつと喉の奥で笑ってから答える。
「満足だとも。嗚呼、人を手のひらで転がすっていうのは意外に楽しいものだね――彼も、あの時こんな気持ちだったのかな」
エリオスの言う「彼」というのが誰なのか分からないまま、シャールはかすかに首をかしげる。しかし、そんなシャールの疑問に答えるわけでもなく、エリオスは言葉を続ける。
「尤も、上手くいくかなんていうのはかなり運頼みだったけどね。王侯貴族と平民がいがみ合い、死ねと罵りあうなんて状況がうまく創出されるか――そんなのは、本当にこの国の人間たち次第だったからね。そう言う意味では、あのファレロとかいう男は本当に私の思惑通りに動いてくれた。彼の前にいるときは本当に笑いを隠すのが大変だったよ」
「隠せてなかった気がしますけど――」
「え、うそ。まじ?」
驚いた声を上げて振り返るエリオスを無視しながら、シャールは広場を見下ろす。
——こんなのは間違っている。そう思う一方で、シャールは市民たちを悪いと思えないでいた。ファレロや貴族たちが迎えた末路は、当然の報いであるというような気持ちもあった。
理屈ではそんなはずはないと思っているのに。この状況を是非に及ばすと思っている自分がいる。そう、それはきっと——
「奪うからには、奪われる覚悟を——」
ふとシャールの口からこぼれた言葉。その響きにシャール自身も驚いたように全身をびくりと震わせ、口元に手を当てる。
エリオスもまた、少し驚いたような表情を浮かべていたが、すぐに笑顔を浮かべる。
「少し、私の中の論理ってやつが分かるようになってきたのかな? 君も」
そう言ってエリオスはからからと笑った。
今日も夜の投稿は8時以降にずれ込むかもです。
明日から土日はお休みなので頑張って書き溜めます……!