Ep.3-64
石畳の広場の端で、ファレロは老人の杖に打たれていた。彼を助ける者は誰もいない、平民も兵士も貴族たちも痛いほどの沈黙の中、その様を見つめていた。
老人の老いた腕で振るわれる杖は、一撃一撃は強くない。
それでも、何度も何度も殴りつけられれば、皮膚も裂け、血が流れる。
そんな中、ファレロは強く歯噛みして目を大きく見開く。
「調子に——乗るなァ!」
振り下ろされる杖を掴み。ファレロは強くそれを引きよせる。何度もファレロを殴りつけて、疲労した老人の細腕から、いとも容易く杖は奪われる。
老人はその反動でよたよたとバランスを崩して、そのまま石畳の上に崩れ落ちる。
ファレロは、老人の杖を手にゆらりと立ち上がると、目を釣り上げる。
「何なんだ貴様らは……! 何故、こんなことを……わ、私を殺す気か!」
息を切らせながら叫ぶファレロに対して、倒れた老人はひどく落ち着いた声で訥々と話す。
「——さて、どうしたいのでしょう……しかし、そうですな。確かに貴方たちを、生かしておくわけにはいかないと。そんな衝動は、ありますな」
「な、何故——!」
「貴方は知らないでしょうが、私の息子は王都の駐屯兵でしてな。昨日の夜、あなた方を守るために王城への道を警備し、そして死にました」
老人はひどく乾いた声でそう言うと、立ち上がる。そんな老人の姿を前にして、ファレロは夜の砂漠に置き去りにされたような恐怖と焦燥を抱いた。そんなファレロをよそに老人はさらに言葉を続ける。
「あいつには嫁と娘がいましてな。私が死に体のあいつを見つけた時、あいつは私に二人を頼むと言い残して逝きました。だから私は、二人を何としても守って、愚息の分も幸せに生きてもらおうと思っている――そんな二人さえも、貴方たちは家畜と呼び、殺そうとした。何のために息子は死んだのか、貴方達が生きていてあの娘たちは幸せになんてなれるのか――そんなことを考えたんですよ」
そう言うと、老人は足元に転がっていたこぶし大の石を手に取って、立ち上がりファレロに向けて投げつけようと構える。そんな老人に、ファレロは思わず握っていた老人の杖を思い切り振り上げてその脳天を撃つ。
「ぐ――く、う……」
静かなうめき声と共に、老人は倒れた。ぴくぴくと、手足を二三度痙攣させた後彼は動かなくなった。ファレロは、老人が息絶え、物言わぬ骸となって転がったのを見て、ふとその姿が、自分が殺した父親の姿と重なって見えた。
ファレロは震えながら視線を上げる。
「――嗚呼」
そして、ファレロは思わず吐息を漏らした。
ファレロ、そして貴族たちを取り囲むように立っていた平民たちがゆらりゆらりと近づいてくる。皆、その手には壊れた石畳の一部や、割れた窓のガラス片、杖や竿、昨晩死んだ兵士たちの武具などを持って近づいてくる。
「や、やめろお……」
「く、くるな! 来るなァァ!」
「た、助けて――」
貴族たちが口々に喚き命乞いをする中、ファレロはその場にへたり込み乾いた笑い声をあげた。それは、彼の中で様々に渦巻く感情たちが対消滅しあった果てに残った滓のようなものだったのかもしれない。ファレロは振り返り、先ほどまでテラスがあったところを見つめる。
そこにはエリオスとシャールが立っている。ファレロは思わず、傷と泥にまみれた手を彼らに向けて伸ばす。
市民の一人が彼の頭に巨大な石の塊を振り下ろしたのはそれとほとんど同時だった。
episode3、あと少しだけ続きます