Ep3-63
「よ、寄るな――平民どもが」
「な、なんだ貴様ら。その目はァ!」
「や、やめろ……来るなッ!」
口々に叫ばれる貴族たちの牽制の声。しかし、そんなものを意に介することもなく、市民たちはゆらりゆらりと近づいてくる。
平民が貴族を見下ろす――それだけでも、このレブランク王国では許されざる不敬だというのに、誰一人としてその姿勢を崩すことなく近づいてくる。その状況の異常さ――即ち、貴族と平民の間にある絶対的なはずの身分の差という秩序の崩壊を強く感じさせる光景だった。
それでも、ファレロや貴族たちは頑としてそんな現状を受け入れようとはしない。否、彼らには受け入れることが出来ないのだ。
ファレロは激痛で立ち上がれない身体ながらに、強く民を睨みつけて吠える。
「――貴様ら……誰の御前にいるのか、理解しているのか! 私は――」
「――あんたらが、何だっていうんです……」
平民たちの先頭に立っていた一人の男が呟くように言った。杖を突き、ひげを蓄えた老人だった。腰は曲がり、杖を握った手は震えているが、ファレロたちを睨みつける視線は鋼の剣のように冷たく、硬く、鋭かった。
老人の言葉に――否、王族である自分が平民風情に詞を遮られ、あまつさえ射竦められたという事実に、ファレロは震える。それは、自尊心を傷つけられた怒りでもあったし、自分の中の常識と秩序をぶち壊されたことへの恐怖でもあった。
それでもファレロは虚勢を張って叫ぶ。
「わ、私は――私はこのレブランクの国王だ。国王だぞ! そ、そんな私を平民風情が――ッガ!?」
ファレロの言葉が突如絶たれる。ファレロも、取り巻きの貴族たちも何が起こったのか一瞬理解が出来なかった。側頭部に走る突き刺すようなずきずきとした痛み。脳が揺れ、意識が一瞬遠のいた。
「な、なぐ――え、あ?」
ファレロは頭を押さえ、うわ言のようにつぶやいた。そんな彼を、老人は荒い息で杖を再び振り上げながら見下ろしていた。
――殴られた? 平民風情に、王である自分が?
信じられない出来事に、ファレロの脳内は混乱を極める。
「き、貴様――! 王である私に手を上げるなど、万死に値する大罪だぞ! 許されると思っているのか」
「許すとは――誰に許される必要があるのですかな。我らを家畜と呼び、我らの命を悩むこともなくあの魔術師に差し出そうとした貴方がたにですかな」
「――ッ!」
老人の反論にファレロは動かない下半身を腕で引きずりながら後ずさる。再び老人はファレロに向けて杖を振り下ろした。何度も、何度も振り下ろした。
「や、やめ――やめろォ!」
「我々が、そんな風に、命乞いしたとき――貴方は我々を家畜と呼んだんですよ……!」
老人は振り下ろす杖を止めない。息がどんなに荒れようと、ファレロがどんなに呻こうとそれは止まることは無かった。貴族たちは震えながらも、老人の暴力が自分に向かないように黙りこくっていたし、周りでそれを見つめる平民たちも、それを止めるでもなく見つめていた。
そんな中、ファレロは広場の端にいた兵士たちに気付いて叫ぶ。
「そ、そこの貴様ら――何をしている! お、王を守るのが、兵士の務めであろうが! こ、この狂った老いぼれを殺せェ!」
しかし、兵士たちはそんな声に気付いていないかのように、ファレロから視線を逸らした。その瞬間、彼の中で何かが音を立てて壊れたような気がした。そんなファレロに老人は杖を止めて、告げる。
「貴方は、彼らも殺そうとしたんですよ」
そう言ってから、老人は再びファレロに向けて杖を振り上げた。
昨日と同じくストックがないので、夜の投稿時間がずれ込むかもしれません……ごめんなさい。




